
相変わらず、鼻水をすすりながら⇔かみながら、三浦しをんのエッセイを読み、感心するばかりの私です。
今日のこの言葉は意外なことに「イチローと松井秀喜の対談」に関する話題から語られた言葉なのです(味わい深いね~※ドスコイさん風)
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この中にあります「季節を問わず熱中症」という小タイトルの文章をぜひ読んでほしい。
文学少女→漫画オタク→腐女子→有名小説家と「まっすぐに文系女子街道」を成長されてきた三浦しをん氏とそのお友達。
今回の話題である「イチローと松井秀喜の対談」にBBA私世代の腐女子界隈が沸き立っていたことを今になってしった。
「そんな見方もあったのか⁉」と私の中で何かが揺れた。
彼女たちの認識によると
こんな感じにみえているそうです~
表情とか細部までよく見てる(観察してる)んだなぁ(感心)
と、こうして『二人の香ばしい体育会系的上下関係を堪能』していた三浦氏とそのお友達なのです。
ですが、ここからが「さすが文系少女たち!」の感想なのです。
努力の天才イチロー氏と野球に愛された野球少年松井秀喜氏が実に対照的だと。
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プレッシャーやストレスで吐き気や呼吸困難をもよおしながらもマウンドに立つイチロー氏と、
プレッシャーやストレスはまったくといっていいほど感じたことがないという松井氏…たとえ試合でうまくいかない日があっても、次の日に球場に向かえば「よし、やるぞ」と気分は上がっているそうだ。
(本当に真逆や~どっちかっていうと私の印象は反対だったんだけどね)
しをん氏とご友人は「二人の天才」と認めたうえで、この二人についてこんな感想をポロリとふぶやいている。
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「神はひいきするものなんだよ…。彼らは野球界のカインとアベルだね」
私はこの言葉に現実味をめっちゃ感じたのだ。
『神の愛は平等である』と言われるよりも現実を突いている気がする。
私が思うに、
「神はこの世の存在すべてを愛してはいる、だがその愛し方には違いがある」
これが真理ではないだろうか。
そう思うと、自分と誰かを比べて「不公平だ」という思えることにも「あ~そういうことか」とどこか納得できるのだ。
神は思考型の人間には「乗り越えられる至難」を与え、本人が充分に納得できるやり方で成長を促し、天真爛漫型の人間には「好き」(心が向かうままに)を突き詰めることによって成長していく道を用意してくれているのかもね。
私はどっちの愛され方なんだろうか?
神が私のことも愛してくれていることだけは信じている。
どうせなら、神にひいきされたいわぁ。

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