
故に常に「私と神が共にある」状態なのです。
科学に興味を持ち→人体の構造と宇宙の構造に興味を持ち→脳や精神に興味を持ち、
古代文明に興味を持ち→日本の古代文明(縄文)~古事記・神道の世界に興味を持ち、
日本語と日本文化の叡智に圧倒されている、私です。
最近、気になるX上の話題がこちら
一般的な日本人はすでに神道をやめている?
— tagame@沼の底から (@tagame) 2026年4月8日
違うんだよ。
生活に馴染みすぎてて気づかないんだよ。
別に俺は神道の信者だ!とか言わない人も、初詣行くし、受験前に神頼みするし、鳥居に立ちションとかしないわけよ。
「何となく大切にしてる」のよ。
日本人にとって宗教って、生活の一部だから。
日本人の宗教観・信仰になんやかんや干渉したい「一神教」信者の方々がいるようでしてね(ほっといてほしい…)
日本人を無宗教、無神論者だと思っている方が海外にはいるようでしてね。
「あ~、日本人のこと何もわかってね~な」と思った次第です。
まーわかられたくないし、わからない状態の方がなんやかんやで日本にとっては好都合なのかも。
日本人にとって神とは、日常であり、調和であり、感謝であり、畏怖・畏敬の対象であり、「人としての在るべき姿・人としての在り方」を照らす光・導く光のようなものなのではないでしょうか。私はそう感じております。
基本的には「己と神」の関係であり、他者に対し主張するものでもないのです。
「心が晴れ晴れしたままに生きてゆけるように、正しき道を照らす光」が人間にはひつようなのです。
「惟神(神意のままに)」生きること、それは神意の反映である大自然・自然界が見せる調和に学ぶことから始まり、自分の心の奥にひびく「誠の声」に従って生きることなのではないでしょうか。
神と共に生きる生き方を生活様式や習慣、伝統・文化に残してくれた日本の祖先たちに感謝しかないっす。日本の古神道や日本の精神文化に多くの日本人の関心が向かう、そんな2026年になる予感がしますね。







