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【独女の人生相談部屋】「不倫がやめられない」そこに罪悪感はあるのか?~哲学者は「人間」しか見ていない

お題「マイブーム」

 

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今日は毒強めです

ほほ~「不倫がやめられない」そんな悩みがあるのかぁ・・

しかも本に取り上げられるほど。

確かに不倫は横行している。私の想像以上に広範囲に不倫は広がっている。

イメージでいうとナウシカの世界の『腐海』くらい広がっている。

 

 

私は酒が好きなので

酒のある場所ならあらゆる場や飲み会に潜入してきて

わかったことがある。

 

  • 不倫している人は結構多く中には自慢している人もいる
  • 酔いに任せてすぐに交わる男女は多い
  • 酒に酔って理性が弱まって一番強く表れるのは「性欲」

 

私の想像をはるかに超えて

雑多なただの「友達作り」くらいの目的での飲み会は

シモネタと男女の性欲が解放される場となることが多かった。

 

このことに気が付いた時は単純に

「集まる人が多種多様であるが故に

深く話せる話題がないから安易な話題で盛り上がろうとするのかな?」

と思っていたが

私がアホなだけでちゃんとみんな一緒の「目的」だったのかもしれない。

 

そこから友人知人たちに「不倫」について実態調査してみたが

やはり「普通にみんなやってるぞ」という回答だった。

 

こういう時の「みんな」は100%ではないが「多い」ことは確かだろう。

 

ちなみに私は割と命がけで恋愛する女なので

不倫も浮気もしたことないし、自分で把握している限りではされたこともありません。

なのでそもそも「不倫=裏切り、性にだらしない」イメージ化ないので

哲学者たちの見解よりだいぶ辛口になることをお許し下さい。

 

「不倫がやめられない」という方への偉大な哲学者たちの答は

こちらの本に詳しく書いてあります。

 

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

 

 

ただし、私自身がこの回答に全面的に賛成ではないので

私目線多めにこの人生の悩みに答えを導き出していきたいと思います。

 

 

 

哲学者の理論は「人間」にしか通用しない

 

先にいっておくと

「不倫がやめられない」という悩みに対する回答として

イマヌエル・カント親鸞が登場するのですが

彼らの見ている「人間」が現代社会の一般の人よりも

「理性的である」と感じるのです。

 

 

彼らのいう「欲に負ける人間」「感情に流される人間」は

常にその自分のふがいなさや意志の弱さを自覚し「苦悩」しているのです。

 

つまり、哲学でも宗教でも救えるのは

欲に負けても感情に流されても、心の中にある良心・理性により

自分の弱さを自覚して苦悩する人までなのです。

 

哲学者は内側に自分を正そうとする理性がわずかでもある人

までを「人間」と呼んでいる。

そこがない場合は「ただの動物」という認識。

 

「不倫がやめられない」という悩みで救えるのは

「やめられない自分」を本気で正したいと思う気持ちがある人だけなのです。

特に「不倫している自分」に罪悪感を感じているか、どうか?は

大きな分かれ道になります。

 

 

不倫に罪悪感を感じている人へカントのアドバイス

 

哲学者の回答は「人間」しか想定していないので

罪悪感を感じている人間のあなたへカントのアドバイスをお届け。

 

カントは人間はもともと感情や欲望といった傾向性に流されやすい

自然の因果の世界の住人だといっています。

 

でも同時に、「人間はその因果を引いてみることで

因果の外に立つような超越した英知の世界にも属している理性的な存在だ」と。

 

だから、欲や情に流されて不倫してしまった結果

「快楽と罪悪感の板挟み」になっているなら

あなたはまだ人間であり英知の世界に行けるんだって。

 

不倫をしたことで「うしろめたさ=罪悪感」を感じてるのなら

理性は死んでいないので奮い立たせて不倫をやめることができる!

 

教え込まれたひと目を気にする道徳ではなく

自分の中にある誇り高い生き方を選択し行動する時

人は自分自身を心から誇りに思い尊敬できるようになる。

 

誇り高く理性的に生きることを実感できている時

その一片のうしろめたさもない感情の気持ちよさは

不倫で得られる快楽を凌駕する力があるんだそうだ。

 

 

「不倫がやめられない」と苦悩する人へ親鸞のアドバイス

 

親鸞も自分の欲の強さに悩む人でした。

『地獄にしか自分の住処はない』

というほど、自分の業の深さに一生悩んでいた人物。

 

そんな親鸞

悪人こそが阿弥陀如来に救われる人であると説くのです。

 

善人は善き心で自力で正しい道を歩んでいける人なの似たいし、

悪人は煩悩を断ちきれず、自業自得を痛感し身をよじる苦悶を経て

自分の無力さとどうしようも無さを感じているのだから。

 

親鸞のいう悪人とは自分が善人になれないことを自覚して苦悩し

自力をあきらめた人です。

ここでも自覚と苦悩という「理性のはたらき」が条件なのです。

 

親鸞は悪人はもう自分ではどうしようもないこの生を

阿弥陀如来の導く「空」と「縁起」の世界にそのまま委ねることで

「無」を受け入れ執着から解放されると説いています。

 

 

もう身をゆだねるしかない。

そしてその結果どうなろうとも受け入れるしかないのだと。

罪を背負って生きる覚悟が必要なんだと。

 

 

不倫に罪悪感がない人へ

 

たぶん「不倫がやめられない自分」に困っていないはずです。

中には承認欲求や見栄とうぬぼれに浸って満足している人もいるでしょう。

自分の人生どう楽しもうが自由という方もいるでしょう。

 

罪悪感が無いということは

快楽におぼれる事も

誰かを裏切ることも

誰かを傷つけることも

嘘をつくことも

あなたの中では正しいのです。

「自分の欲と感情のままに生きる」

それがあなたの幸せならそれでいいと思います。

 

人間が人間らしく理性と尊厳をもって生きるも、

欲と本能のままに動物的に生きるのも本来自由だからね。

 

そういった生き方を突き詰めた先に

なにか見えるモノがあるのかも?

 

 

不倫に罪悪感の無い人も多いからね。

インスタで「#既婚者合コン」で平気で投稿する女性達も話題になったしね。

この辺はまた後程ふかぼりしてみたいと思います。

 

 

不倫をしたことないので子供の立場で言わせてもらうと

 

私自身、浮気も不倫もしたことないので

自分が不倫の関係者になるとしたら

「不倫している親の子供」目線からはリアルな意見言えるよね。

 

私の両親は不倫も浮気もないのですが

さいころよく母と2時間ドラマを見ていた影響で

「親が不倫の果てに出ていっちゃったらどうしよう・・」

という思いは感じていたので。

 

だからね

子供の立場から不倫している親や相手に思うことはね

 

「絶対に許さない」

 

これだけ。

さいころから今現在も変ってないわ。

一貫してこの意見だわ。

 

1つを選ぶということは他は捨てるということ。

その覚悟は必要ですね。

 

 

今回は哲学や思想家のいう「人間」というものが

人間という生き物すべてではなく限られた人のことであると

わかって私個人的にすっきりしています。

  

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