虐げられた者、弱き者たちが
理不尽な支配に立ち向かう!
人間たちの身勝手さに復讐をはじめた犬たちが街を沈黙させていく。
恐ろしいことに、アマプラのサムネが!!!
超ネタバレになっている映画です(^^;)
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でも、私もこの画像みて「なんだこれは!?」と気になり
見てみることにしたので秀逸ともいえる。
映画ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲~あらすじ
“恐ろしい物事は 愛を必要とする”
ーR.M.リルケ
この言葉からはじまり
人々が消えた都市の街の中を
自転車で走る一人の少女と
それを追う凄い数の犬たちの姿が画面に映し出される。
判決の時は近い
話は過去にさかのぼる
13才の少女リリは母親が新しい恋人と長期出張へ行くため
離婚以来離れて暮らす父親の元に3か月間預けられる…。
元教授で今は牛の解体工場で検査員として働く父は
母とその新しい恋人の姿を観てイライラ、
また自分に反抗的なリリにもイライラ、
リリが連れてきた犬のハーゲンにもイライラ…
雑種を飼う者は高い税金を払うという決定が当局によって下され
大勢の雑種が捨てられていた。
雑種は当局によって厳しく取り締まられており
父の近所に住む夫人がハーゲンを見て
当局に通報してしまう。
憎らしい元妻の犬に高い税金は払わない!と頑固な父は
犬を保護施設に預けようとする。
リリは自分にとって唯一心を許せる家族である愛犬ハーゲンを守るべく
家出をして父に抗議する。
この父と娘のぶつかりあいで
怒り狂った父が車で走っている途中、
家からだいぶ遠いところでハーゲンを車から降ろし、捨ててしまう。
「絶対迎えにくるから」というリリの言葉はハーゲンに届かない。
ハーゲンを探し回るリリ、
3週間目に保護施設にも行き尋ねるが
「もうどこかで死んでいるわ」と言われてしまう。
ハーゲンがいなくなり、父への反抗を強める中
リリは恋心を抱く男子に近づき…パーティーに参加し泥酔、
その後警察に保護され、慌てた父が迎えにくる。
この時、娘を心配し涙を見せる父に
リリも態度を変えはじめる。
一方、突如捨てられたハーゲンは
街をさまよいながら
人間たちの悪意や恐ろしさに追い詰められていく。
人間を信じる度に裏切られ、ひどい目にあわされていくハーゲン。
遂には闘犬として調教され、
暴力と飢えとの間で「野生の凶暴さ」が目覚めていってしまう。
闘犬としての殺し合いの中で
自分が噛みつき瀕死の状態にした相手の犬を見て
ハーゲンは何かを感じたようだった。
当局に捕まったハーゲンは
「保護施設」の中で人間により「殺処分」されていく
多くの犬の姿を目にしていく。
ハーゲンも殺処分対象の犬の檻に運ばれていく…
その時、ハーゲンは施設の人間に襲い掛かり
同時に仲間の犬たちを解放する。
施設の人間を襲い、首を噛み千切ったハーゲンの姿を観た
犬たちは彼をリーダーに軍隊のように群れとなって彼につき従う。
人間たちを次々と襲っていく犬たちにより、街は閉鎖。
ハーゲンは今まで関わった人間たちを覚えており
次々に奴らに復讐をしていく。
犬たちの様子に「ハーゲン」の暴走を心配したリリは
「ハーゲンを救うため」にひとり閉鎖された街に飛び出していく。
人間への怒りに満ちた犬たち、
その殺気満ちた犬たちの前にひとりで立つ少女リリ、
再会したハーゲンはリリのことをどう思っているのか?
野生の怒りを愚かな人間が止められるのか?
怒り狂った王蟲の前に、ひとり立つナウシカのような少女
怒りくるった犬たちが諸悪の根源である人間たちを殲滅する中
彼らの前にひとりで姿を現し、立ちはだかる少女リリ
その姿はまるで映画版のナウシカのラストなのである。
ただナウシカと違うのは
愚かな人間たちに裁きを下す「GOD・DOG」ハーゲンは
リリと家族として生活した経験と記憶があった点だ。
音楽の存在意義:万物の共通語となる
ナウシカでも「庭」で守られていた
「次の世代(新人類)に引き継ぐもの」は
音楽と本だけだった。
音楽の存在意義をこのシーンに見た!
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※このシーンは本篇の重要シーンとまたちょっと違いがある
リリがラッパを演奏すると
犬たちに驚きの変化が起こる。
そしてリリも彼らを見つける姿勢を変える。
支配と従属、敵対関係ではなく「友愛」
ナウシカが蟲と人の「友愛」を描いているならば
この映画は「人と犬たちの友愛」が描かれている、最後だけ。
音って感情を動かすし、記憶に残る。
野生の動物は暗闇で身を守るために非常に耳が敏感だ。
人間以上に音楽が心に残っているのかもしれない。
植物も音楽に反応するっていうしね。
音の空気を振動する力は物理的な力以上に
心を揺らす力を持っているのかも。
雑種を飼うなら高い税金を払えって…
どうやら「人種差別のメタファー」であるらしいのですが
ペット業界と政治の闇を感じた私です。
では、また~☆