プロ独女のライフハックブログ

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【BBAの心に平穏を】日常生活は禅修行~般若心経⑮無受想行識とは?

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3節目で見てきた「照見五蘊皆空」を思い出す…

⑭で見てきたこの前の一節にある「無色」が続くこの一節と繋がると

五蘊」をさしているいることに気がつきますよね。

 

 

 

是故、空中 無受想行識

 

この世界の一切の真実は空であり

空の中に色は無く、受想行識も無い。

この「色受想行識」を

「私」と「私が見ている世界」の

両方から解読していこうと思います。

 

「私」:無色、無受想行識

本来は「私」と「私の見ている世界」を分けるべきではないのかもしれませんが

まずは自分が理解しやすいように分けて解読してきます。

 

色・受・想・行・識

⇒人間を構成する肉体と精神の5分類

 

色=肉体、身体

受想行識=精神作用

 

だから

この世の一切の真実は「空」なのだから

空の中に「私」という肉体は無く

感受し、想念し、分別し、識別する心も無い。

 

この世の真実、この世界の実相の中で

「私」という絶対的な実体は無いということか?

私が私を見つめる時に「自我」が現れるだけってこと?

 

私が見ている世界:無色受想行識

今度は「私が見ている世界」が無色受想行識として解読していきます。

 

色=見えるモノ、物質的存在

受想行識=感じていること、色に対する認識

 

「私が見ている世界」の見えている物事(物質的な存在)

また見て感じ、認識しているものもその本質・実相は無であり空なのだ。

 

私の内と外のすべてが無識 無受想行識

ここで2つに分けた解釈が繋がります。

私の内(自我)と

私の外(私が見ている世界)は

どちらも無色無受想行識。

 

私の内と外の境界線が無くなっていく。

私が「私」と思う時

私の中で色・受想行識を通して「我」が現れるが

それはこの世の実相ではない。

 

私が「目を向けて見つめているモノ」も同じ。

 

私の内と外の境目は無く

空の中に色・受想行識は無いが

私が目を向け、見て感じる対象を知ろうとするとき

私の中に「この世の実相と別の私の世界」が姿を見せるのかぁ。

 

大事なことは実相「空」を忘れずに

「私の認識している世界」にのみ込まれない事かな。

 

般若心経を理解しようとすると

時々、思考がバグります。

 

いつか、ストンと腑に落ちて

「そういうことかぁ!!!!!」

って雷に打たれたように感覚的な理解に突き抜けたい。

 

BBAの修行は続く

 

 

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