「ケヒココロ」が「ケシキ」のウツシ根になるってよ~
「ヤタノカガミ」に通じる秘密が語られているかも。
◆カタカムナ第57首を詠む
声に出して音を響かせイメージしましょう♪
【カタカムナ第57首】
アカキウツシネ カムミカラヤマ ムナシキ
ケヒココロ ケシキウツシネ
ケヒココロ→ケシキウツシネとは?
◆一音一音の示し
「ケシキ」
- ケ(様々な変化性を、放出する)
- シ(示し、現象、止=死)
- キ(気・エネルギー、発生)
「ウツシネ」
- ウ(ウ界面から発生=潜象カム界から現象アマ界へ生まれ出る)
- ツ(集まる、個々の、津々)
- シ(示し、現象、止=死)
- ネ(充電、充たす、根)
ここから音を纏めて「ことば」にして解読を
◆ケシキ・ウツシネとは
カタカムナの音の示し通りに読んでみると
⇓
「ケシキ」
- 放出され示される「キ」の発生の
- 様々な変化性をもって示されるエネルギー発生の
⇓
そのケシキの「ウツシネ」
- ウ界面から発生・示される現象粒子の根
- カム界からアマ界へ発生する現象の根(現し・顕し根)
ムナシキ ケヒのココロが「ケシキのウツシ根」になってるのか!
◆ケシキ=気色
ここで重要になってくるのが「ケシキ」が示すものです。
ケシキのウツシ根について歌ってるからね、第57首は。
「けしき」を古語辞典で引くと「気色」と出てきた!
現代日本語では「けしき=景色」のイメージが強いのではないでしょうか?
「景色」も「気色」も「-色(シキ)」が示す意味は
五蘊の「色」のことで、森羅万象の形態・色形=物質・物体のこと。
つまりは『目に見える様子・存在』
実は仏教からきている言葉(哲学)で、
「色=物質的存在」だけではなく「色=感性的存在」を指しています。
”我々が五感で認識できる存在”すべてを指します。
では、本題の「気色」へ話を戻します。
古語辞典によると「気色」が示す意味というのは
- 心の内が外に現れる様
- 意中、意向
- 自然界のあり様
とありました。
”心の内は外に現れる”のです。
気(心の内)は「色」となって目の前に現れるのです!
心の内の意向・意識は「現象・物体・五感が認識する”存在”」となって現れるのです。
だから「ケヒココロ」の心は気色のウツシ根になる!わけです。
我々含め「この世界=アマ界」の万物万象すべてが
その内奥にカム界と繋がる「カムの映し根」となる「核=ミナカヌシ」を持ており
そのミナカヌシは生命・現象化粒子「ココロ」の湧く源泉であり、
我々が「心」と思っているもので、
「心」は内から外へ「気色」を映し、現す根となっているのです。(凄くない!?)
まさに創造の連鎖や~
カム→アマ→小アマ→各ヒトが見ている色(現象・現実・世界)
ね、トートの話しと通じてきたでしょ。
(つづく)