「神の存在」には興味なかったけど、主人公が天文物理学者なので
興味そそられてみた作品(^^;)
色々な解釈が頭の中でぐるぐるしたりもする映画です。
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一見すると、
「神の存在を否定する」天文物理学者に
科学的証明に最後のピースを悪魔が渡しに来た
そんな話ですが、私にはどうも違った話に思えるのです…
あなたはどう思いますか?
- 映画「プルーフ 神の存在」あらすじ
- 人々から神という希望を奪ったら、大きな絶望がやってきた
- 神の存在否定する科学の証明に悪魔が手を貸すわけがない
- 事故後に死に近い状態でみた走馬灯
- 神の存在は個人の自由!みんなわかってて踊っている
- 最後にジニーンは神の存在が何たるかを身を持って知ったのでは?
映画「プルーフ 神の存在」あらすじ
「宇宙に神の関与はない」という説の証明に人生をかけている
天文物理学者マーカム博士(ジニーン)は
あと少しというところまできていた。
「最後のピースが見つからない」
そんな焦りの中、研究に没頭する彼女に
神を信じる夫や娘はうんざり気味。
この日も夫の運転で娘も一緒に家族で出かけている中
夫と「神の存在」を否定する彼女の研究について口論に。
そして激しくなる口論の中、一家の車に横から車が突っ込んできて事故にあう。
この事故で夫を亡くしたジニーンだったが
彼女は左腕を骨折したものの助かり
研究により一層打ち込むようになっていく。
司教が学長の大学で
生徒たちを前に「神の存在を否定」する発言をし、
歴代の教皇や教会を批判する彼女…
この様子を撮影した動画が司教の元に送られ
彼女は司教&大学側と対立することに。
「必ず神の不在を証明してみせる」
と司教に宣言した彼女の元に1通の手紙が届く
『神が存在しない証拠をお見せします』
と書かれたその手紙の差出人は
1951年、1952年に賞もとっている有名な物理学者ジェシカ・ドーマンダー。
時空パルサーと時間旅行の研究(過去を映すカメラ)で有名なジェシカだが
賞をとって以降、突然姿を消したまま。
生きていれば80~90才くらいの老女だ…生きているかも怪しい。
怪しいと思いつつ
「もし本物だったら」という期待もあり
指定された日に指定された場所に向かうジニーン。
郊外のポツンと一軒家に着くと
入り口には「966」の数字が並んでいた。
家から老女が出てきてジニーン達を迎えてくれる。
ジェシカとその夫の研究の話を聞き
地下の研究部屋に案内されると
そこには数々の数式やメモが残されていた。
ジニーンが探していた最後にピースと
神の存在を否定する確かな証拠がここに完成していた。
ジニーンはジェシカに「これを世に発表すべきだ」と訴えるが
ジェシカは自分は発表する気はない、「あなたに託す」という。
ジェシカの研究資料を持ち帰り
ジニーンは研究をまとめ発表する。
彼女の研究は話題になり、賞もとり、学者として成功を掴んだ。
ところが、
「我々から神を奪った奴だ!」と世間から大バッシングを浴びる。
娘にもその被害は及び、落ち込むジニーンはジェシカから預かった
メモのノートに「666」という悪魔のサインがあることに気が付く。
悪魔に手を貸してしまったのでは!?
と焦る彼女はジェシカの家に向かうのだが…現れたのは20歳の金髪美女。
でも顔のアザやしぐさなどやはりジェシカのようで…混乱するジニーン
ジェシカの夫セバスチャンも現れ
ジニーンは彼らの家で思わぬ人たちに遭遇する。
更に混乱する彼女の前に思わぬ現実がつきつけられる。
人々から神という希望を奪ったら、大きな絶望がやってきた
この映画を一言で説明するなら「これ」だと思う。
人々から神という希望を奪ったら、
大きな絶望がやってきた!
ジニーンが最後に目にした現実が
結局は彼女に「神と悪魔の存在」を
認めさせるものだったのではないでしょうか?(皮肉)
結局はお釈迦様の手の平の上だった悟空の如し(;;)
そして、彼女が神の存在を科学と数式で完全否定しても
その研究が大々的にニュースとなり世界を飛び回っても
教会に人は集い、愛変わらす「神」を信じる人々の信仰と祈りが続いているのです。
神の存在を否定に没頭する彼女に目をつけた悪魔セバスチャン曰く
彼女の研究の邪魔だった夫を消す時に娘もおまけで消してしまったという。
1つ買ったらもう1つサービスと同じって言ってた。
が!
BBA私はこれが「悪魔の仕業」とは思っておりません。
神の存在否定する科学の証明に悪魔が手を貸すわけがない
そもそも、神の存在を否定する科学の証明に
悪魔が手を貸すわけない!ってBBAは思っております。
神と悪魔は光と影、明と暗、表と裏の存在で
表裏一体、「神が存在」が否定されれば「悪魔の存在」も否定されるのです。
例えば日本みたいな信仰の国の場合、
悪霊や幽霊は見る人がいるけど西洋思想的「悪魔」を見る人は少ないでしょ。
それに、悪魔が動かすのは人の心なので
別に物理的な事にそもそも関心無いんじゃないかなぁ
では、ジニーンが見た悪魔は何だったのか?
事故後に死に近い状態でみた走馬灯
この映画で繰り広げられた事故後に研究で大成功した彼女の姿
これは全部、事故で生死の淵をさまよう彼女が見た走馬灯じゃない?
肉体、物理法則の支配から解放された
魂の世界でもしかしたら時空も越えたりしてたのかもね。
そうして魂、意識で過去の偉大な科学者たちとも会えたんでしょう。
彼女が願った世界なのかもしれない。
研究の邪魔ばかりする夫は亡くなり、
自分は左手に骨折だけで、娘は全くの無傷だったし。
ジェシカの家に行く時は、右腕の骨折も治ってたし…
だから最後に現れたセバスチャンは彼女の心の底にあった本音に対する
「彼女自身の罪悪感」なんじゃないでしょうか?
神の存在は個人の自由!みんなわかってて踊っている
ジニーンは誤解してるようですが
もうみんな知ってるのよ。
神は心の中の存在で、物理的には存在しないかもって。
それでもみんな信じることで「希望」が持てるのよ。
神様って人間が造りだした創造物の中で最高傑作でしょ!
みんなで創って守ってるモノ
わざわざ数式で否定してぶっ壊しても
あんまり意味ない。
神は物語で言葉でできているのに
数式で否定しょうってのが、そもそも大間違いじゃない?
そして悪魔の存在のベースにあるのは
「人の罪悪感」とか否定したい自分や恐怖でしょうね。
最後にジニーンは神の存在が何たるかを身を持って知ったのでは?
BBAの勝手な解釈ですが
最後のあの教会のシーンで
2つの棺を前に泣き崩れる彼女を見て
「神の存在」の意味をあの時に知ったように思うのです。
神が人々に何を与えていて
人々が神に何を求めていたのか
神の正体は「人々の祈り」に近いんじゃないかなぁ
人生は思い通りにいかないし、
数式のようにいかない、
理不尽な事も多い、
それでも自分を納得させ奮い立たせるために
神が必要なんじゃないでしょうか。
映画の中で気になった言葉
「人間はただの動く分子なのか?」
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人は考える葦である
※そこに神もいる気がします
では、また~☆