真に復興する為に、堕落の原因と過程を知らねばなりません。
日本の政財界の上層部(権力者+支配層)は、日本と日本国民のことなんて眼中になく私利私欲・我利我利亡者で日本侵略・征服を画策する工作員たちに金や利権をエサに操られているんじゃ…そんな気しかしない日本の現状に「なんとかせねば!」と思う日本人は多いはず。
でも巨悪に対抗するには「私のような個人が何をどうすればいいのか…わからない」と、動けないで悶々としている同志の方々に是非読んで欲しい本がこちら
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「自分の人生を創造するか=自分がどう在るか」
これは「社会の在り方」や「国の在り方」にも通じることなのです。
そういったことを安岡先生がわかり易く説いてくれている1冊です。
では、前回からの続きへ
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現代文明福祉社会に於いて、我々は「人間的に弱体化」し続けており、
科学・技術の進歩は社会を「インスタント化~娯楽享楽の反乱へ」と導き、
我々は「生命力の弱体化」にとどまらず、精神・心も弱り病的になっている中、更に「人としての深みや余裕、落ち着き」も失ってきている…という。
その社会背景にあるもの、この人間性の喪失に関わる根深い問題が『教育』です。
安岡先生は日本の「教育の在り方」を昭和36年のこの講演に於いて既に問題視しておられました。
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更に現代日本の教育(特に義務教育)の場面で考えてみますと
「いい成績を取る為」「テストでいい点数をとる為」「受験でいい学校に入る為」の学びの場と化しており、「学び」の目的意識が本質から大きくズレてねじれてしまってきているのではないでしょうか。
んで、この学び=教育の在り方により(結果) 何が起きているかというと
テストでいい点を取ることが目的となり、
”テスト問題にでそうなところの「正解」を効率よく覚える”
ことに力と意識が向けられ…
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浅い知識で思考しても「極薄の面」の貼り合わせしかできないので、
どれだけ想像しても創造しても「中身は空洞」なものしかできない。
出来上がった思考・アイディア・創造物は構造無き立体物(はりぼて建築)にしかならない。
こうして人間性・人間力を鍛えるべき幼少期から自主性・主体性を失う「教育」に身を置かれることの影響は社会全体・国全体の在り方に大きな影を落としてゆくのです。
(つづく)