「えびかづらのみ=山ブドウ」に続き「たかみな=筍」だと⁉
古代の智の探求から「古代日本の智」に興味が湧き、日本語のヒビキの神秘構造や古神道の世界に触れ、今は「古事記」に込められた真理を示す智恵を探しております。
では、解読の続きへ
また其の右の御みづらに刺させる湯津々間櫛引きかきて投げ棄つる すなはち笋生ふ。是を抜き食む間に、逃げ行でます。
(「古事記」より)
山ブドウを食い終えた「よもつしこめ」が再びイザナギ命を追ってきた!
イザナギ命は右の束ねた髪に挿した「ゆつつま櫛」を引き抜き投げ捨てると…筍(たけのこ)が生えてきて、よもつしこめがこの筍を食ってる間に逃げて行かれた。。。
ってことが書かれております。
「豫母志許賣(よもつしこめ)」…相当腹ぺこやないか~
やはり「豫母=予めの母(今後、母になる存在)」って妊婦の状態なんやろうか?
ここで私が注目しているのは、イザナギ命の右に束ねた髪のに挿してあった「ユツツマクシ」を物実として生成された「笋・たかみな」です。
”イザナギ命(生成祖神)の右髪(ミギ・カミ)に挿してあった「ユツツマ櫛」”から何故「たかみな=筍」が生えてきたのか!?
ちなみに「左の髪に挿してあった湯津々間櫛の男一柱」からは「火・ヒ(明かり)」を生成されてましたよね。
ここからは音のヒビキから勝手に解読を進めてみます。
↓
- ミギ・カミ=右渦の神霊力
- ユツツマ櫛=斎つ都間(津間)の櫛=”神聖な多くの間”を解く櫛or貫く串
- たかみな=筍+「タカミ」のナ(名・核)
もしかして…「タカミ・ナ」って「タカミムスビの力が結晶化した生命・現象の実(生命核)」なのではなかろうか。
湯津津間櫛を「斎つつ間を貫く串」と見ると、筍が竹へと真直ぐ上に延びてゆくもの凄い「生命力の柱」として変換・生成されたように見えてきますよね。
前回の「黒かみづら=黒い蔓性植物の髪飾り」から「山ブドウの芽が生え、花が咲き、実がなる」という生成・生命力とはまた違った「生命力」が示されたってことでしょうかね。果実とはまた違った「根から増えていく植物の力」ってところがポイントかも。
「黒い螺旋の神霊力」から「芽・花・果実」という山ブドウの生成化育の力が生まれ、「斎つつ間串」から「根からの新芽・真直ぐに天に延びる生命力の柱」が生まれたってことですよね。
真直ぐに天へ向かう「タカミ・ナ」の生命力の柱の力
我々の内奥にある「生命の核」というのは、天に向かってこの生命の柱を登り進むようにプログラムされているのかもしれません。
ここで螺旋力と直進力が示されたわけです。
かなり興味深いところですよね。
(つづく)