智恵の諸鍵の使い方は「得た知識⇒智恵」への変換術にも使えるので
ものすごく重要なトートの教えの1つだと思われます。
アメンティーのホールに坐す「7人の主」について
トートが各主について教えてくれましたよね。
⇓
トートはエメラルド板に文字で記し教えてくれました。
んで、この教えを「汝の智恵」とするには「汝がすべき」ことがあるのです。
⇓
”諸象徴を黙想せよ”
これだ、これがきっと「知識⇒智恵」への変換術だ。
(ここでピン!ときたのですが、続く言葉を聞き確信しました)
コンパクトに続きで語られた内容をまとめると
- 汝の魂、思いを常に上に、光にと向けよ
- ”数の諸鍵”の中に、人生における道への導きを見出
- 汝の思いを内にと向けよ、光の花に対し心を閉すこと勿れ
と、激が飛ばされまして
この言葉が語られたのです。
⇓
”心像に思いをおくべし”
「心像」とは
⇒”知覚によってその場に生ずるものではなく、意識に現れる像” ですって☆
「心の中=自分の内」にトートが見たアメンティーの諸ホールや7人の主を
己の想像力と創造力で描くのです。
自分の内側に地殻の奥深くにある神秘の諸秘密・智慧と繋がる世界を創るのです。
明確に創造すれば、自分の内とトートの見た世界が繋がるようです。
トートもこう云うてます~
『7人の主を汝の存在の一部として取り入れよ』
自分の内側にどれ程、この世界を構造・真理・法則含め鮮明に描き出せるか?
どこまで世界を創造できるか、が大事なのです。
それには「想像力」が問われるのですが、
今の便利な世の中、溢れる情報・娯楽の中で
気付かぬうちに我々は「想像力」を奪われている…気がついたら、
「あれ!?昨日のことさえも詳細・鮮明に脳内映像再現ができない」なんてことに。
あなたは自分がアメンティーのホールに入るところ、
7人の主たちの前にたったところをクリアにイメージできますか?
あたかもその場にいるかのような錯覚に陥るほど鮮明に
何が見えて、どんな音が聞こえて、どんな臭いがして、
そこで肌に感じる空気の流れはどんな感じか、描けていますか?
(つづく)