「生きる」ということは、
「この世に存在する」理由とは、
もしかしたら「心(魂)の浄化のため」なのかもしれない。
このカタカムナ第56首を読んでいると
そんな気がしてくるのです。
◆カタカムナ第56首を詠む
声に出して音を響かせイメージしましょう☆
【カタカムナ第56首】
オホナホビメ イキココロ カムミイヤマヒ
カムミソギ ウルハシココロ
では、最後の一節を読み解いていきましょう。
◆一音一音の示し
「ウルハシ」
- ウ(生れ出る、ウ界面から発生、潜象界から発生)
- ル(留まる、湧きだす、存在する)
- ハ(引き合う、正・反)
- シ(示し、現象、司る、止=死)
「ココロ」
- コ(転がり出入、コロコロ回転運動、くり返しの運動・働き)
- コ
- ロ(空間、抜ける、凝集連合し奥から現す)
ここから音を纏めて「ことば」にして解読を
◆ウルハシのココロとは
イキココロからイヤマヒのカムミがソギ(外に放出)されると
↓
”ウルハシココロ”になる
これはどういう事か?
イキココロ(生命・現象生成の電気素量+エネルギー=超極微の現象化粒子)&
そのイキ(生命エネルギー)~イキココロ粒子たちが湧きだすトコロ「生命・現象の源泉」で内に湧く「カムミ」にイヤの方向性をもつ「マのヒ」が練り込まれ
外に向かうエネルギーを伴い、現象化の環境場に放たれ広がり
↓
ウ界面から湧き出し、アマ(アマ界~小アマ)に存在が正反に示されると(ウルハシ)
転がり出入・回転運動・場でのカカワリを繰り返す現象化粒子となる(ココロ)。
成るほど、なるほど。
まさに「イキココロ(生命の卵)」から
「ウルハシココロ(環境に適応する生命の誕生)」へとなるわけか。
◆ウルハシココロ=麗しい心
「イキココロ(生き心)」から「ウルハシ心(麗しい心)」へ
↓
「イキココロ=生命の卵(生命・現象のプログラム)」から
カム界~アマ界へ発生し
カム界との調和、アマ界(生命現象の環境場)に調和し
調和のとれた美しい創造・生成力湧くココロ(源泉)の”麗しい心”となる。
ということらしいですな。
そのために「禊」を重視するのかぁ。
大きな意味での「調和のとれた」整った美しい生命・現象として
イノチをまっとうするには常に心をウルハシココロにしておかねばならないので
ココロ(魂)~心身の浄化(禊)が大事なんですね。
変な話、ここでやっと私の中で
日本神話と神道(古神道)が1つの大きな道として繋がりました。
(つづく)