ここに「土」の力が…
世界の古代の智の探求から⇒古代日本の智の探求(縄文の智+古神道)にはまり、日本語のヒビキの神秘構造にふれ、古代の智が秘められた「古事記」の解読に勤しんでおります、私です。
では、解読の続きへ
黄泉の国に行ったイザナギ命が覗き見てしまったイザナミ命の御姿。。
蛆がわき、腐敗が進むそのお体には八つ雷神が成り居られたという。。
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「右の手には土雷(つちいかづち)居り」
⇒右の手(掌・タナ)には土雷神が生まれ居た、わけです。
左手の「若雷神」に対し、右手の「土雷神」はどんな力の発生を示しているのか?
一般的な解釈は右足の「伏雷神」と組となり、雷はそもそも「地中で練られたもの」であり空に発生する前は「地に伏している」と考えられ、そのことを示しているという大変興味深い解釈なのです。
「雷が実は地面から雷雲に向かって昇っている電気(電光)」ってこと古代日本人は知ってたんですかね?
ここからは私の勝手な考察でまいります~
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土雷神の「土」とは、「天地・あめつち」の地の造化力を示している。
つまり「地上の生命・現象を生む造化力」を示しており、その「土の力(土の神霊力)」が右手から発せらる、ってことじゃないかと。
右手って文字を書いたり(文字=言葉の実体化)、物を作り出したりする「想像を形にする力」を確かに持ってますよね。器用な力ありますよね。
食物を口に運んだりするのにも手を使うし、「右手の土雷の力」は「ムスビ」の力なのかもしれません。
(つづく)