この映画のせいで「アーミッシュ」という言葉が気になり…調べてしまった。
【映画 ゴースト・ヴィレッジ~感想】
それ、森のせいじゃなくない!?
これが、この映画の感想っす。
「アーミッシュ」という北米に点在するドイツ移民系の宗教コミュニティがわかっていないと、まるでわからん映画っす。
【アーミッシュざっくり解説】
※注:今、ちょっと知ったばかりの私の狭い認識による解説ですので、各自アーミッシュについて色々調べていただきたいと思います~
入植当時のままの生活を今も守り続けている宗教コミュニティが独自の「村社会」を形成し、その文化・伝統的な生活様式と信仰心を守り続けている。
電気に頼らず、移動は馬車を使い、農業を主軸にした自給自足生活。
禁欲的でつつましい生活。
でも…怒ってはいけない、ケンカもダメ、聖書と聖書に関わる書物以外は読書禁止、讃美歌以外の音楽も禁止、化粧や派手な服装もダメ、鏡を見るのもダメ、離婚してはいけない、、など「してはいけない」に溢れている。。。(ようです)
自発的に「そうしたい」「そうありたい」と思う前に「禁止」×「監視」されると…苦しそうだな。。。怒りや悲しみは「自然に湧く感情」だから、それをどう受け入れ自分の中で処理するかを学び身に着ければいいことではないだろうか。。。それでも怒っちゃダメなんか⁇
んで、この映画で描かれているのは「この村から出てはいけない」「森に入ってはいけない」ってことなんですけど…森にはいっちゃいけない理由が怪しすぎる!!
森が人間の怒りや憎しみを増し 死を招くかららしいのですが、どうみても禁止事項が多く、自由も個性も許されない監視された生活によるストレスや感情の歪みが人を狂わせてるだけじゃないか?(あくまでも映画の村の話ね)
そして子供から青年になった彼の怒りの原因は、閉鎖的な社会で歪んだ関係の中…大人達から受けていた色々なことに対する不満や怒りが極限まで圧縮され爆発したんじゃなかろうか?(あくまでも映画の話しね)
夏至の日も森も彼らが入植前からそこに在り続けているだけだし、
「そこに特定の意味」を勝手に見い出しているのは人の方でしょ。
「村から出てはいけない」という見えない想念の結界の中で、人々の抑えてきた怒りや抑圧された感情が渦を巻いて大きなエネルギーをもっただけじゃね⁇
アーミッシュの生活の真逆を行く「妻」が、その結界をぶち破ったおかげで「彷徨える彼(怒りの青年)」が結界を出れたことは…今後外の世界にどう影響を及ぼすのでしょうか?? そこが気になりました。
娘ちゃんはアーミッシュの人々の情念が生んだ「何か」を身に受け入れてしまったようだし。。。
あのクッキーで有名なステラおばさんの故郷もアーミッシュなんやて~
(豆知識)