日本の古代の智恵をより深く理解+鮮明にイメージできるようになるために
私の現代科学の智恵をアップグレード中(・-・)
カタカムナが示す、潜象⇒現象化の起こり
「万物万象の生成のハジマリ」に迫るため量子論に寄り道中っす。
※私を優しく量子論の世界に導いてくれた良書
「光の正体に迫る」智の軌跡を追っていますが
17世紀以降 論争が続いていた「光は粒子説」vs「光は波動説」に
19世紀大きな動きがありました、とさ。
前回からの続きだよ~
その時、その時で大きく「世界認識」に影響を与えた
実験+結果+物理学者の思考を追いながら
「自分はどう解釈するか?」を自らに問いつつ知の旅を進もう。
◆波の基本的な性質
「カ」が⇒「カヒ」となり⇒「カのミ」となり、万物を生成していく。
我々が在る「この世界」の 生命・現象・万物の生成の祖
「イザのナギ」と「イザのナミ」この事も心に留めながら
ヒカリの正体を追っていきます。
そんで、ここで大事なことを確認しておこうかと。
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”そもそも波とは何ぞや”
波とは、物質の振動が周囲に伝わる現象です。
波≠物質そのもの / 波=現象
ここをしっかり抑えつつ、次に「波の基本的な性質」を確認していきます。
波という現象は波長・振幅・振動数でとらえることができる。
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- 波長=波の山から山(谷から谷)までの長さ
- 振幅=波の山の高さ・波の谷の深さ
- 振動数=1秒間に何回 山と谷の変化を繰り返すかを示す
以前 カタカムナ~縄文の数学で触れた「海の波」の動き
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「波が周期的な動き」しているってことは想像しやすいですよね。
んで「振動数」のことを「周波数」ともいうんやて~
アメンティーにいる諸サイクル(周期)の主たちが示す
「諸周期」もこういった感じのイメージに近いんかもね。
波長と振動数(周波数)は数字でいうところの反比例の関係にあるってよ~
波長が長いと、1秒間に波打つ回数は自然と少なくなるもんね。
んでな、波が重なり合うと影響し合う(変化する)てことも大事なんや~
では、「光は波や」と実験で明かした
イギリスの物理学者ヤングのダブルスリット実験を見ていこう。
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◆光の干渉実験⇒「光は波である」
19世紀の初めに イギリスの物理学者ヤングが
「ダブルスリット実験」により『光の干渉現象』を発見!
有名なダブルスリット実験っすよ~電子じゃなくて「光の」方ね
こんな感じのやつや~
この実験によりスクリーンに映し出された「光の干渉縞」が発見され
光の波動説が俄然優位になったわけです。
波の干渉(カカワリ)ってこんな感じ。
こういった2つの波がぶつかると、
振幅が増大して
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こういった2つの波がぶつかると
波動って足し算なんやな~くらいに解釈
重要なのは2つのスリットを通過した光は
「その先で空間いっぱいに広がろうとする」ことにあるんじゃねぇーかと
私は思うんだが…どうでしょう?
この実験については、もう1つ私的にめっちゃ引っかかる点がございます…
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◆ヤングの視点は何処にあったか?
この光の干渉縞を現象として実験で捕えたヤングですが
この時、ヤングが思考の中で「光は波だ、きっと干渉縞が現れる」と
あらかじめ強い思い(推測)のもとに実験が行なわれていたならば、
その観測者視点の影響が実験結果に大きく現れたんじゃないか…と私は思っている。
大勢の思い込みが「常識」となり、
大勢の思考の方向性が「社会や世界の方向性を決める」ことになるのも同じか?
この実験を眺めながら、「ヤングの視点(思考・推測)はどこにあったのかなぁ」って考えてたら
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もしかして…「私」って存在も
自分で「自分のイメージ」をしっかりと持ってないと
「大勢が思う・イメージしている”私”」が現実とされちゃうのかな?
という思いに至り震えています。
(そんなに知人・友人・周囲の人いないからセーフなんだけど)
こうして、「人類の知」の歴史をググッと寄りで見ていくと
今まで『絶対』と思えたものが、「フワッと」したものに思えてくる謎(?-?)
でも、光の探究の歴史を振り返る旅は続く。