第四の神「ウマシアシカビヒコヂ神」の登場場面にはとても気になる表現があった。
カタカムナの解読2周目+日本語の神秘構造の解読+古代日本の叡智に近づくために「古事記」の解読にのりだした私です。
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次に国稚く、浮ける脂の如くして くらげなすただよへる時に、葦牙の如く萌え騰る物に因りて成りませる神の名は宇魔志斯訶備比古遅神。
(古事記より)
この第四の神登場の直前部分が「気になる表現」部分です。
「国稚く=くにわかく」→国が胎児状にある時、その様子がこう示されているのです。
- 浮ける脂の如くして
- くらげ(久羅下・水母)のように漂う
「海水に浮く動物性脂の如く」+「くらげ(久羅下・水母)のように漂っている」
この時の生まれたての天地の気温・海水温がどれ程かは不明ですが、この表現を見る限りでは、生まれたての胎児状(胎児の芽程度かも)の国(クニ=エネルギーの塊が物質・事象と成ったもの)というのは水に浮く脂=液状の塊~白く固まった脂状の揺らぎ状にあったということではないでしょうか。
そして「くらげのように漂っている」という表現、脂の液状~固形状を指している言葉にも思えますが、調べてみると原文というか漢文状では「久羅下」と記されているのです。
- 「久」=長い(時間的な長さ)
- 「羅」=網、薄く織った絹布
- 「下」=下、下部、上に広がっている物に隠れている部分(影響の及ぶ範囲)
これは…生まれたての胎児の起こり状態の「国・クニ」の時点で既に「長い時間を経て設計され織られた網目を持つ絹衣のような構造を持っている」という示しではないでしょうか!
更に「くらげ」は「水母」とも書きますよね。これは、すでに「国・クニ」のはじまり=起こりの時から「原始の海をウツした母なる水エネルギーを内包している」という意味ではないでしょうか。
「天・地・天地の間に在る国」これら3層・3つの示しはこの世のあらゆる構造の源であり、あらゆるモノがその相似象になっているはず。
「国・クニ」は天地のエネルギーを受け、天地の間でそのエネルギーが塊状となり「物質化・事象化したもの」の総称なのかもしれません。
(つづく)