名前が変わってる⁉ どういうことや~
ということで、古事記の解読を進めてまいります。
イザナミ命も2つの大神名に変わり、塞石も2つの大神名を与えられ、遂に「黄泉比良坂」にも別の名が⁉
故 其の謂はゆる黄泉比良坂は、今、出雲国の伊賦夜坂と謂ふ。
(「古事記」より)
本当は「伊二名(いふな)坂」なんじゃなかろうか?
でも、「伊賦夜坂(いふやさか)」という名で今も在るわけですから、この名のヒビキとその音に当てられた「漢字」にも深い意味があるはず。
本当に今でも島根県 八束郡 東出雲町 揖屋町の揖屋神社があり、「伊賦夜坂」が在るそうです。ちなみに「揖屋神社」はイザナミ神を祀っているそうです。
「神聖な韻文(詩歌)のヒビキ=言霊のヒビキ」が発信・拡散される「夜の坂」
黄泉の国と地上界の境界(接点)は「夜」にあるのです。
「夜坂」とは、日の入り⇒真夜中⇒夜明け までの暗黒のグラデーションのことを表しており「夜の間」というのが「生と死の交差する間(時間)」だと示されているのかも。
夜に「生と死を司る神々の韻文(詩歌)の言霊のヒビキが鳴っている」わけですな。
ちなみに私は「黄泉比良坂」と「伊賦夜坂」をこのように解釈しております。
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更に音のヒビキ「イ・フ・ヤ」の一音一音の意を重視して読むと
「イ(生命・生命力)がフ(2つ⇒更にそこから指数関数的に増殖)し、ヤ(無数増殖~限界飽和)へ向かう」それが「夜坂」という「夜の間」だよ、と。
「塞いでいる」けど「黄泉戸大神」という名は「戸=開閉できる」ことも表しているから…夜は2つの坂が繋がるのかもね。
(つづく)