やそ・まがつひ…の神とは?
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では、八十禍津日神の出現シーンのおさらいを
是に詔りたまはく「上つ瀬は瀬速し、下つ瀬は瀬弱し」とのりたまひて、初め中つ瀬に堕りかづきて、滌きたまふ時に成り坐せる神の名は八十禍津日神。次に大禍津日神。
此の二神は其の穢れ繁き国に到りたまふ時の汚垢によりて成れる神ぞ。
(「古事記」より)
『其の穢れ繁き国(黄泉の国)に到りたまふ時の汚垢(けがれ)によりて成れる神ぞ』とあるので「黄泉の国にいった時の(御身についた)汚垢(けがれ)」を物実として生れた神だということがわかる。
つまり、伊耶那伎大神の身体から祓われた「汚垢」ですが、その大元は「黄泉の国の穢れ」であり、黄泉の国の穢れに憑かれた身体から出た汚垢より生れた禍の神だということ。
”黄泉の国の穢れ+御身から祓われた黄泉の国の穢れの塊たる「汚垢」”由来の禍の神が「八十禍津日神(やそまがつひのかみ)」なのです。
どういう神で、この神名が示すモノとは何かを読み解いてまいりましょう。
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八十・禍津日神
(やそ・まがつひのかみ)
- 「八十(やそ)」=『数が多い』ことを示す
- 「禍津日神(まがつひ神)」=わざわい(禍・災・難・悪)の神
ということなので、
”数多くの多種多様な禍の神”
(数多く、多種多様な禍をしめす神)
なのだろうと思われます。
数多くの多種多様な禍が「この世界」に齎された、今後 数々の禍が起きるという示し…なのか。
ここで「わざわい=禍(マガ)」という表現・ヒビキなことに注目しておきましょう。
黄泉の国の穢れがもたらす「わざわい=禍・マガ」とは、具体的にどういうことを示すのか?
それは次の「大禍津日神」のところで詳しく解読してゆきます。
(つづく)