プロ独女のライフハックブログ

BBA独女みつまるが「今」気になることを追いかけ綴る人生冒険日記

【映画】エッシャー 視覚の魔術師~感想:エッシャーの絵は曼荼羅だった

エッシャー 視覚の魔術師(字幕版)

エッシャーの絵を見たことはあるが「面白いな~」どまりで

しみじみと作者の意図を覗こうとはしていなかった。

でも、今回とても面白い発見ができた。

 

 

とても面白いドキュメンタリー映画です。

 

 

【映画】エッシャー 視覚の魔術師~あらすじ

 

 

エッシャーの残した手記や記録、それに彼の家族のインタビューにより

創られたエッシャーの作品とその生涯を追ったドキュメンタリー映画です。

 

比較的裕福な家庭に生れ

勉強は苦手だが美術の時間が好きだった少年

そんなエッシャーは後に

ハーレムにある「建築装飾芸術学校」に入学

 

この学校でグラフィック・アートのメスキータ先先により

その才能を見出され、版画の道に進みだしたという。

 

絵に打ち込むも、アイディアは湧いてくるのに

それを形にする技能不足を痛感していたエッシャー

ある日、医者に「あと三日の命」といわれ

旅にでることにしたという。

 

旅先では美しい風景をたくさんスケッチし、

自然の美を間近で観察して、法則性の美に引き込まれていった。

旅先で出会った女性に恋して、結婚

 

その後、激動の時代の波にのまれながらも活動をつづけていたが

ある時船会社に交渉し、12枚の版画制作(広告用)と引き換えに

無料で船旅をさせてもらうことに。

 

この旅で「アルハンブラ宮殿」を訪れ

宮殿の建築装飾、タイルの法則性ある幾何学模様に感動し

3日間夢中でスケッチしたという。

 

ここで以前からスケッチでこのタイルの法則性に似た

敷き詰め描写アイディアを描いていたモノのまだ「法則性」を

その時は発見できていなかったが、この旅でわかったという。。

 

このアルハンブラ宮殿にみた自然界の法則と共鳴した幾何学性をもって

鳥や魚といった生き物・自然を使って自分の作品を描きたいと動き出す。

 

エッシャーは作品を科学者の兄に見せると

”私の敷き詰め描写は結晶学を二次元で表現している”といい

結晶学の本も目を通すようになったという。

 

こうしてエッシャーは科学・数学者との交流を持ち

作品の表現の精度を上げていったのです。

 

彼は敷き詰め描写を用いて

静⇔動、平面⇔立体、更にはこれらすべてを

「循環」させて表現することに打ち込んでいく。

 

それは微細な表現⇒デザイン的図形表現(単純化)⇒写実性へ

という「循環」にも発展し、作品にとり込んでいく。

 

彼が晩年に残した言葉

「才能が欲しい」

「私の作品は失敗作ばかりだった」

からは飽くなき向上心と探究心と尽きない好奇心を感じます。

 

※以下は私の勝手な感想・考察となります

 

エッシャーの絵は曼荼羅に近い

彼の手記や記録に残された言葉を聞いてから

彼の作品を見ると

エッシャーは宇宙の法則を描いていたんだ」と分かった。

自然や宇宙が持つ「美しい法則性」

それを平面の限られた空間に写していたんだなぁと。

 

それって、まさに「曼荼羅」と同じですよね。

 

 

そう思ってエッシャーの作品を見ると「なるほど」と。

彼自身も「無限を有限に閉じ込める」って表現してたし。

 

◆結晶学・数学・バッハの音楽と共鳴するエッシャーの作品

エッシャーは芸術家として褒め称えられると

「私は芸術家ではなく数学者だ」といっていたようです。

 

版画家として「芸術家~数学者」の間におり

自分はどこにも属していない感に悩んでいたのかも?

 

エッシャーはバッハの音楽に自分と似たモノを感じたようです。

バッハの作曲も「短いモチーフ」の敷き詰めだったからです。

私もクラシック曲のピアノ演奏動画で

「曲の構成をタテに流れ落ちてくる光」で見せてくれる動画が好きで

それらを見ていると、凄く綺麗な法則性を以って創られてるんだなぁと

感心したことがあるので、エッシャーの言いたい事わかります。

 

この方の演奏動画がとても好き(^^)


www.youtube.com

 

この動画はベートベンですが、クラシックは曲の構造が持つデザインが

どれも美しいです。

 

パガニーニの曲は「狂気的構造」してますけどね。

自分以外に演奏させる気無い人なんじゃないっすかね?

 

◆「才能が欲しい」でも、自分は…

エッシャーも「才能が欲しい」と晩年まで渇望していたのです。

しかし、エッシャーの言葉にはこの続きがあります。

「才能が欲しい」

”でも、私は情熱と信念で向かっていく

多くの人は情熱が足りなさすぎる

歯を食いしばって頑張れるかどうかだ”

 

才能が欲しいと嘆くのではなく、

エッシャーは自分の中に湧くアイディアを充分に形に表せる技能を身に着ける為

生涯デッサンや描写力の向上に努めていました。

 

彼がいう「才能が欲しい」は更に深い言葉で

「いい作品」と「自分の作品」の根本的ズレも感じており

その思いもこめられた複雑な言葉のようです。

 

◆制作を通しエッシャーが追い求めた続けたもの

エッシャー曰く:

「いい作品とは」”多くの人に響く作品”

”現実とうまく結びついた作品こそ、いい作品といえる”

 

そうした点からすると

”私の作品は失敗作ばかりだ” と。

 

その原因も自分なりに理解していたようで、

”芸術仲間は、美しさを追い求めるが

私は驚異だけを追い求め続けている”

と、書き残しています。

 

(‘~‘)それでいいんじゃね?それが芸術じゃね?

と、私は思うんですがどうなんでしょ。

 

エッシャーレオナルド・ダ・ヴィンチに近いのかも。

 

エッシャーは「だまし絵」で有名ですが

彼自身は「循環」を描いていただけのようです。

 

エッシャーの作品を見る目がかわるドキュメンタリーだよ。

おすすめです。

 

 

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