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【映画部】聖なる鹿殺し~考察:「施し」にみせかけた「償い」が招いた悲劇 神と神の子の死

お題「ゆっくり見たい映画」

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア(字幕版)

日本の映画やドラマでは見ない「選択」の話かもしれません。

親が我が子のためならどんな犠牲もいとわないというのも美しい幻想なのかも。

実際はこうなのでしょうか?

 

 

西洋の思想や文学、音楽に馴染みがないので

監督がこの作品にこめた意図は

わかりませんがすごく考えさせられるし

観終った後も登場人物たちのその後が気になった作品です。

 

 

コリン・ファレルニコール・キッドマンはもちろんですが

子供達がホントに素晴らしい!

美しい姉弟と不気味な少年

画力が半端ないっす

 

無音で見ても怖さが伝わってくるかもしれない…

 

この映画を観た人多くは深く考えさせられ

込められた意図を探しています。

私もその一人になったので、私なりの解釈を

書いてみようと思います。

 

 

 

「聖なる鹿殺し」あらすじ

開胸されむき出しになった心臓が

脈打つシーンからはじまる。

 

心臓外科医のスティーブは

美しい妻と2人の子供と郊外の豪邸で

満ちたりた生活を送っていた。

 

ティーブンには家族にも周囲にも内緒で

定期的に会って、その成長を優しく見守る少年がいた。

 

その少年マーティンはスティーブンが

かつて担当した手術で死なせてしまった患者の息子だった。

 

いつもは二人だけで会って

近況を語りあったり、静かに2人の時間を過ごしていたのだが

ある時、スティーブンはマーティンを家に招き家族に紹介。

 

ところが、マーティンを家族に紹介して以来

マーティンとの関係も変りはじめる。

ティーブンがマーティンを避けるようになると

ティーブンの愛息子ボブがある日突然足が麻痺し立てなくなってしまう。

 

病因で検査を重ねるも原因は不明。

そんな時マーティンがボブの見舞いに現れ

ふたりきりで話があるとスティーブンを呼び出すと

恐ろしい話をはじめる。

 

遂にはじまったんだ

先生は僕の家族を1人殺した

だから家族を1人殺さなければならない

誰にするかはご自由に

もし殺さなければ皆死ぬ

ボブもキムも奥さんも病気で死ぬ

 

  1. 手足の麻痺
  2. 食事の拒否
  3. 目から出血
  4. そして死ぬ

 

ステージ3(目から出血)からは数時間で死ぬ

だから気を付けて

 

マーティンの言葉を信じていなかったスティーブンだが

ボブの次にキムも倒れ、マーティンのいった通りになっていく。

 

必死に家族を救う方法を考えるスティーブンと妻のアナだったが

遂にボブの目から血が流れ

ティーブンに最後の選択の時がやってくる。

 

ティーブンの選択は?家族はどうなるのか?

マーティンの呪いなのか?彼の真の目的は?

 

あなたは監督の意図を全てを理解できるか?

 

「美しい手」の心臓外科医スティーブンの家族

心臓外科医として確固たる地位を築いているスティーブン

眼科医の美しい妻とは結婚16年

夫婦のベッドでは妻は「全身麻酔」と称し

麻酔にかかった患者のごとく彼に身を捧げる。

 

美しい娘キムは14才で聖歌隊に入り音楽の才能をみせ

学業も優秀で自慢の娘。

 

まだ幼い息子のボブは美しい顔に長い髪が気に入っているが

父には髪を短く切るように度々注意されている。

母親に可愛がられており、将来は母親と同じ眼科医を目指している。

 

パーフェクトな家族に

心臓外科医として「神の手」を持つ男

人々の胸の中の心臓に触れるその手は

「美しい手」と人々を魅了する。

 

パーフェクトな家族だが

マーティンが現れてから

今までは見えていなかった家族の本音が見えてくる。

 

みんなが家の主、スティーブンの前では

どこか彼の望む家族を演じ保っていたのだ。

 

ティーブンの家族に会いマーティンとの関係が変わった理由

なぜ、それまではうまくいっていた二人の関係が

家に招待して以来大きく変わってしまったのか?

 

◆マーティンの言葉

 

マーティンは地下で拘束され、スティーブンに罵られた時

ティーブンの腕に噛みつきこう言った。

「こうやって相手を傷つけたらどうすれば許される?」

「謝る?『大丈夫か』と傷をさする?」

「傷を触られると痛みが大きくなって襲ってくるんだ」

「触られることで傷を自覚してしまうんだ」

 

そして、だからこうするんだと言い

自分の腕に噛みつき肉を食いちぎった。

同じ傷、痛みを追うべきなんだ、これがメタファーだと。

 

今スティーブンの家族に起きていることを

「正義に近づいていることは確かだ」と言う。

 

◆BBAの解釈:本当は「二人だけの世界」で完結していた

ティーブンが自分の家にマーティンを招待し

家族をみせる前まで二人の関係は穏やかなものだった。

 

マーティンとスティーブンの二人だけの世界だった。

そこではバランスが完璧に保たれていたのだ。

 

父を失ったマーティンの前に父のようなスティーブンが現れた。

ふたりだけの世界ではスティーブンは自分を息子のように気にかけてくれていた。

時計をプレゼントしてくれたり、学校での様子を気にかけてくれたり。

今まで自分が知る父親以上に臨んでいた父親像だったのかもしれない。

 

ティーブンにとっても

自分が父親を奪ってしまった少年を気にかけ

彼に「施す」ことで善行を積み赦しを得ていたようだ。

 

2人は心に開いた穴を埋めあえていたのだ。

 

ところが、スティーブンがマーティンに

「二人の世界」以外の自分の世界をみせたことで

少年は気が付くのだ。

 

僕は彼によって家族を1人失ったのに

彼は何も失っていない

彼が愛している息子はボブで自分ではないことに。

 

ティーブンが自分にしてきたことは

施しに見せかけた償いであり

彼は自分の父の死にも自分にもちゃん向き合っていないことに。

 

だから、マーティンはスティーブンの世界に過干渉するようになり

自分の母の再婚相手になってくれることを望む。

自分の世界にスティーブンを引き込みたかったのだ。

「二人の世界」が壊されたから「自分の世界」に彼を引き込むしかなかった。

父を奪ったのだからかわりに父になってほしかったんだろう。

 

でもスティーブンはマーティンも

マーティンの母の誘惑も

彼の世界もすべて拒否してしまう。

 

だからマーティンは「正義の執行」を望んだのだ。

同じ痛みを、同じレベルの代償を

 

ギリシャ悲劇「アウリスのイピゲネイア」

この映画を理解するためにはこの話を知っておくべきらしい。

 

ざっくり言うとこんな話

 

弓の腕前に自信のある男が

うっかり女神が可愛がっている鹿を殺してしまう。

鹿を殺されたことに怒った女神は海の風をとめてしまう。

これに困ったギリシャ軍大将は男に

「女神の怒りを鎮めるために、お前の娘を生贄に捧げなかればならない」

と告げる。

男はもちろん嫌がったが

最終的には娘を捧げることを選ぶ。

 

こうして娘はその命を捧げたという。

その後娘の死に母は半狂乱となり…家族の不幸が連鎖していく。

 

こんな話ですが

ザックリと骨格だけがこのギリシャ悲劇ベースで

実のところはもっと「人間の生臭い」部分を描いている気がします。

 

「その世界(家や場や空間)」の神や主になりたがる男達の支配権争いや

そんな男の間をうまくわたっていく女達がぞっとするほど描かれている。

 

ラストに見る「神と神の子の死」と民衆の怒り

そもそもはスティーブンが

自分の手術の腕を過信して酒を飲んだ状態で手術に臨み

マーティンの父が死んでしまったことがはじまり。

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ティーブンのせいではないかもしれない

交通事故で運ばれた時は即死に近い状態だったともいっているから。

その時の手術の麻酔医は当時のことを探る妻アンに

「オペに失敗しても麻酔医は責められない、責任をとるのは執刀医だ」

と言っている。

 

でもスティーブンに自分への過信と職務怠慢があったのは確か。

彼は「最善を尽くしたけど助けられなかった患者息子」として

マーティンを気にかけてやっているつもりでいた。

 

マーティンはそこにも気が付いてしまったのだろう。

「先生は僕の家族を1人殺した」というストレートな表現に

今までそこから逃げていた彼を捕える力がある。

 

そして時を経て「裁き」がはじまったのだ。

私は最後にスティーブンが選んだ生贄となった人物を知った時

どこか「ゴルゴダの丘の神の子イエス」を思い出していた。

 

神のような「美しい手」を持ち

完璧な世界に生きてきたスティーブンが

最後には最愛の息子を失うのだ。

 

神のごときふるまっていた人間とでもいうのだろうか?

 

また、別の見方をすると

現代の支配層や権力者への民衆の怒りを表しているようにも見える。

広く大きく搾取して自分たちの富を膨大に増やし続ける少数の

権力に近い人達が

「施し」にみせかけてちょっとばかりの償いをし

世間に赦しをこうのだ。

 

こんなにあなたたちのこと思っていますよ、

あなたたちのために行動していますよってね。

 

マーティンの言葉は誰に響くだろうか?

 

ラストの少年と少女の表情

印象的なのはダイナーで

最後の審判の結果を見たマーティンの表情と

マーティンの存在を意識しつつ

うっすら笑った表情で去っていくキムだ。

 

「好きなモノは最後にとっておく」といって

ポテトを最後に残して食べるマーティンと

ポテトにたっぷりケチャップをかけ

真っ先に食べ去っていくキム。

 

はじまりのシーンと同じダイナーで

マーティンが大事にとっておいたポテトを

最後のシーンではキムが食べるのである。

 

マーティンは1人でカウンターに座り

キムは両親を前にテーブル席に座っている。

 

何だかんだで今回のことで

「望んでいる状況」を手にしたのはキムなのかもしれない。

マーティンはスティーブンを失った。

キムはボブが死ぬと家族にもボブにも平気で言ってたし

ボブに「あなたが死んだあと、あなたのミュージックプレイヤーちょうだい」

とも言ってたし…

 

キムはミュージックプレイヤーを自分のと

マーティンから借りた物と2つ失くしている。

 

彼女はとってすべてのモノはどうでもいいのだ。

たぶんマーティンへの愛ももう冷めているだろう。

 

父も母も自分だけのものにしてキムは満足なのかもしれない。

母に愛され家を継ぐであろう弟に嫉妬していたのかもしれない。

実はカインとアベルだったのだろうか?

 

人は人と関わらないと生きていけないけど

人と関わることで自分ではどうにもできない力の影響を受けることになる。

不注意に相手を自分の核になる世界に入れない事って大事も。

マーティンも

「友達に必要なのは質だ、数じゃない」って言ってたし。

 

はじめはマーティンは妻の死を期待してるのかと思ってた。

父の子供への愛と母親の自己犠牲を予測していたような表情に見えた。

 

ボブは最後まで可哀そうだったけど

彼はスティーブにとって永遠に誰よりも愛する息子になったし

たぶんマーティンが本当は望んでいた「スティーブンとの一体化」

をボブは父の心に存在することで成し遂げたのかもしれない。

ボブは目から血が流れた時からどこか覚悟してたしね。

 

妻と娘の政治的な生存戦略

淡々としていてちょっと怖かったです。

やっぱり女が生きていくには政治力必要なんですかね。

 

では、また~☆

 

 

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