日本国民の気持ちや希望をことごとく無視し、どこを向いて誰の為に国を動かしているのか分からぬ現・国政に不安を募らせている人…多いんじゃないでしょうか。
「なんか日本がまずいことになっているぞ」
「日本が間違った方向に進んでいる」
「いづれそう遠くない内に日本人と日本の伝統・文化が消滅してしまうのでは…」
そんな不安を感じているけど、私一人で何ができるのか…と途方に暮れている方に聞いてほしい安岡先生の言葉があります。
私が尊敬している賢人・哲人「安岡正篤」氏ってこんな人
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では、
安岡正篤 人間学 (講談社+α文庫)からの引用となります(p150)
安岡先生の言葉をかみしめながらどうぞ。
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人が集まると、このようなことで日本はどうなることであろうかという話が必ずといってよいぐらい出る。しかし、率直に申しますと、それは繰り言というものです。
現在だけではなく、昔から人々の不安は同じ処にあったようです。
安岡先生が見つめてきた日本も常にこの状態にあったのかぁ…
ただ、やはり戦後⇒復興⇒バブル⇒バブル崩壊ときて⇒今の国政は異質な感じがする。
国政+大企業+メディア含めすべてが経済・金(利権)による侵略・腐敗で、「日本は日本国民の為の国」ではなくなるように誘導・操作されている気がする。
それに対する覚悟としては、やっぱりおのおのの分を尽くして、伝教大師のいわゆる「一隅を照らす」ということにおいて遺憾のないようにする外ないのです。
「どうにかしないといけない」と思いつも、繰り言を繰り返すことしかできない…そんな不安ともどかしさに「絶望」しかけている方に是非とも安岡先生の言葉が届きますよう願っております。
この状況に対する覚悟としては「自分の分を尽くし、一隅を照らすということにおいて遺憾のないようにする」それしかないんだ、と先生は語っている。
それはどういうことかというと、
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そして、いかなることがあっても、いかなることになっても、悔いのないだけの、恥ずかしくないだけの、言い換えれば万変に応ずることができる一心を平生において養っておくことです。
※今回触れた安岡先生の言葉は『三国志と人間学』の冒頭にあるそうです
そうだ、「私」がその不安(暗闇)に陥らなければいい。
「私」が望む日本の未来を心に描きつづけていればいい。
日本の今と将来を嘆き悲しんで「今を生きる」よりは、希望を以って未来を描き語っていく方が少なくとも私と周囲に良い影響を与えられるはず(^^)
仁義誠の精神で、人と物と自然万物を大事にする日本民族の「日本」は不滅!
礼・敬・慈愛の心で日本人がそれぞれに「一隅を照らす」神ながらの道を進む、そうなる、日本人の血がそうさせるはずだ。
本当の心満たされる「豊かさ」を個々に皆が手にし、味わう社会・日本国になるはず。
なんか、先生の言葉で私自身も「視線を向けるべき方向」の間違いに気付けたし、正しい方向がわかった。
更に安岡先生は「一隅を照らす」人物に成るためには、歴史と先賢に学ぶことだと教えてくれている。先賢に学ぶ時「弱い自分・至らぬ自分」を自覚する、自分の弱さを知り克服してゆこうと前に進めるということだろう。前進ってこういうことかぁ。
自分の心の中に理想が描けたなら、実現を信じてそこに全集中するだけでいいんだね。
私が”私の理想”を一人で追うだけでも、バタフライエフェクトのように それは「日本」という国・社会に作用するのかもしれないし。
(つづく)