潜象界の力>現象界の力といわれています。
そのせいか「潜在意識と顕在意識」の在り方ばかりが注目されてますが
私は思うのです、肉体にも意識と同等の力(能力)が秘められていると。
肉体は魂の拘束具ではなく、足枷でもなく、
精神・魂と同等に「一なるモノ」の意図が込められた高機能物体ではないか、と。
我々人間が社会を創り、支配層にいわれるがままに「日々の労働」の為に肉体を使いへとへとになり肉体・精神・魂がどんどんバラバラになっていますが、実は「肉体」にもカム界の力を活用するための正しい使い方があるのではないか!?
①肉体の覚醒~植芝盛平との出会い
そんな「肉体に於ける正道」を探している時に出会ったのが
まずは、是非ともこちらを読んでみて欲しい。
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こちらを読むことで、「古事記」に示されていることへの理解がかなり深まり、鮮明にみえてくることと思われます。
私のように「合気道=相手の力を利用した護身術」という誤った認識しか持っていない方に是非とも合気の祖が説く「合気道」の奥深い世界を知ってほしいっす。
②植芝盛平の「武産合気」
合気道の祖・植芝盛平氏が説く「合気道」は単なる戦いの為の「武術・武道」ではなく、その根底には「むすび・神ながらの道」があるのです。
故に「武産合気」とは、
武=心技体の一体化(ムスビ)により、
産巣日神の力に繋がることを目指す道なのです。
③合気道が目指す「魂のひれぶり」
”合気道=魂のひれぶり”
「ひれぶり」とは”魂の横溢れした力の発生”のことなんだそうです。
古神道に於いても「魂のひれぶり」は重要視されている。
興味深いことに「エメラルド碑板」に於いて、トートも「魂のひれぶり」の必要性を説いていた。
こればかりは古神道の行法などを通して「体験」して「体得」するしかないのですが、
私も最近この不思議なバイブレーション体験をしたばかりなのです。
身体の内から激しく揺れるという経験、それは「地とのむずび」を感じさせるものでした。就寝中の深夜に目をさまし、ふたたび寝ようとした時に起きたことです。
たぶん、これは人間誰もができる体験なはず。
人間は魂のひれぶりが起こせるようにできていると思う。
んで、そこから「神の道」に繋がり、古事記や日本神話が示す「神の御業」を肉体を持つ「神人」として成そうというわけなのです。
合気道は戦いの為の身体の使い方・鍛え方を説くものではないのです。
ましては人を斬る(サツする)ための身体の活用術などではないのです。
(つづく)