「あああ!」そういうことかぁ…と自分なりに
1と2の主の所在がわかったかも。
火の中から響く声、”その光”がトートの存在自身に反映され…
光と調和しはじめたところで再び声が!
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火の中から響く、聖なる光の声、その言葉にあなたは何が見えてきますか?
第一原因、そこに「一者が存在している」
「まさに第一者なり」といっているから「1」のことだろう。
この光の言葉を聴いて、私はアメンティーの花を護る主たちが
「3.4.5.6.7.8.9」の7人であり、1と2が不在だった理由がはっきりとわかった。
私はこれまで「1=一なる者=すべての始まり・根源」だと思っていたのですが、
どう考えても「ヌン=原始の海」とか「大深淵」は「1」には思えず
どっちかっていうと「そのエネルギーが充ち満ちてうねり流れている混沌(0)から、方向性もった1が生まれた」と考える方がしっくりきていたんですよね。
大深淵の中に芽生えた「火の花」これが「意志・意図・方向性をもった魂=1」で、
大深淵の魂霊ですから「0と1」は一体なわけです。
表裏一体というよりは、我々の精神と肉体みたいなものかと。
んで、ここからが私のこれまでに認識の大間違いを大修整せねばならんのですが
アメンティーのホールにあった「生命の火花」や「偉大なる界の光」
これらはすべて「1」のウツシ(分霊)であり、これが「2」なんだと
今回の光の言葉を聴いてわかったのです。
そもそもの1のウツシの初号は「偉大なる界の光」で
その最初の「2」、つまり1が創造した自身のウツシの光は強い光と暗黒の霊光が「合わさっている」状態ですよね。
”その後の2のウツシ=各所(各アマ)の核となる火花”にも、オリジナルの2がもつ「陰陽性」がウツシされているわけなんですね、きっと。
0・1・2は別格、まさに別天神なわけです。
上の光の言葉の後半に注目!
すべてを創造する根源でありながらも、後半を読むと偏った性質を感じますよね。
そこに「0から生まれた意志・意図である1」たる所以が読み取れますね。
この言葉を聴いたトートにも更なる異変が
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(つづく)