このビジュアルからおしゃれ難解映画なのかと勘違いしてた作品
「サスペリア PART2」を見て興味が湧いた「サスペリア」のリメイク作品。
映画としての魅せ方がダリオ監督とまったく違うので驚き!
音楽やカメラワークや色彩や画面の絵で見せる
ダリオ・アルジェント監督作品とこちらの2018年リメイク版は
魅せ方が異なります。
こちらはどちらかというと
ストーリーと役者の動きで魅せるという監督の姿勢が
グイグイくる感じです。
特にこのリメイク版のサスペリアは「美貌」もキーになっている。
美しさの説得力や美しさの持つ怖さなどグイグイきます。
ダリオ監督のサスペリアとまったく別物として
楽しんだ方が味わい深い作品ですよ、きっと。
色々気になったことをφ(..)メモメモ
- マルコスバレエ団のダンスシーンの音
- マルコスバレエ団のダンスの動き
- マルコスバレエ団の魔女たちの目的
- 偽物と本物のマザー・サスピリオムの違い
- マザー・サスピリオムの破壊と慈愛
- ティルダが演じた重要な3役の意味
- 自分で自分の凝り固まった頭を吹っ飛ばせるか?
マルコスバレエ団のダンスシーンの音
バレエ公演というよりは
コンテンポラリーダンスといわれるジャンルのようです。
ダリオ監督は効果的かつ積極的に音楽・音・音響を使いますが
こちらのサスペリアは終盤のダンスシーンでもほぼ音楽は使わず
ダンサー少女たちの床を足で蹴る音や呼吸音が
彼女たちのダンスの効果音になっています(^^;)
静寂の中の動だからこそ
このダンスに意味があるのかもしれません。
儀式なので。
儀式におけるダンスというのは
いわば呼吸を合わせ一緒の異空間をつくることが目的で
魔女の集会などはここに覚醒効果のある薬草を加え
みんなでトブわけです。
より人間の「集団的狂気」に焦点を当てているのかもしれないですね。
ダリオ監督はゴブリンの音楽で観る人の鼓動を誘導していましたが
こちらは呼吸で誘導していたのかな?
マルコスバレエ団のダンスの動き
とても野性的な動きが多いです。
色々な部族の狩りの前後に行うダンスに近い。
ダンスレッスンシーンでも言われてましたが
「内側からくる感情の爆発」的な表現のようです。
美しさよりも強さを表現している
優雅さよりも躍動感!
マルコスバレエ団の魔女たちの目的
魔女たちがその正体を隠して
集団で暮らす村のような感じです。
バレエ団の真の目的(長期&大きな目的)は映画を見る限りでは
「女性が自立して生きにくい社会の中で助け合う」といっていたので
魔女たちが助け合ってこの世界で生きていく手段なのかな?
でもこのバレエ団の目下の目的は
マザー・マルコスの醜く朽ち果てそうな肉体から
新しい器としての少女を見つけることのようです(^^;)
大蛇丸みたいな・・・
洗礼みたいな・・・・
でも魔術の不老不死の技法って
「新しい肉体に魂を移す」事なんですよね
これは本にも書いてある。
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ということで
今回の「サスペリア」ではこの短的目的に焦点があてられています。
偽物と本物のマザー・サスピリオムの違い
◆偽物のサスピリオム=マザー・マルコス
- 醜い肉の塊と化した肉体
- 自分の業と欲の権化
- 魔力を多少持つが地下にこもり日のもとを自由に歩けない
- 美しさと若さを持たぬ故に執着する
- 少女たちへの愛はなく破壊しかない
- 仲間たちからの投票で選ばれている長
◆本物のマザー・サスピリオム=スージー
- 若く美しく時に妖艶
- 高い身体能力
- 覚醒後とてつもない力を見せつける
- 黒の魔物(死神・悪魔)を従えている
- 破壊と慈愛の大きな力を両方持っている
- 啓示を受け覚醒 目覚める前と後の違いだけ
- 群れない
- 太陽の下を闊歩できる
マザー・サスピリオムの破壊と慈愛
偽物には「マザー」の部分が欠けているのです。
本物は「母なる力」が溢れていました。
自分の私利私欲だけで若い少女たちを無惨な姿にする
偽物のマルコスの儀式に裁きを与えに現れたマザー・サスピリオム。
少女たちを操るバレエ団の魔女たちと
操られ生きながらに腹を引き裂かれ
内臓を引きずり出される器とされる少女たち
そしてマザーが慕っていたマダム・ブランへの攻撃。
これらを目にしたマザーは黒い使い魔を召喚します。
そしてマルコスはじめマルコスのしもべとなった魔女たちの
頭部や肉体を内側からの爆発のように破壊していきます。
そこには容赦なき裁きを下すマザーの意思が。
一方、瀕死の少女たちには優しい母の顔をみせるのです。
「お前の望みは何?」と優しくきくと
彼女たちは最後の力を振り絞って「死にたいです」と答える。
その言葉を聞いたマザーは静かに手をかざし
眠るように彼女たちを逝かせてあげるのです。
最期は自分の胸に抱いて支えてあげるのです。
そして少女を救おうとこのバレエ団に関わって
このおぞましい儀式の生贄にされそうになったクレンペラー医師には
更なる慈愛を見せるのです(;;)
創造と破壊それの力をマザー・サスピリオムは備えています。
ティルダが演じた重要な3役の意味
驚いたことにマダム・ブランを演じたティルダは
特殊メイクで他の2つの重要な役も演じていたのです!
- 魔女軍団にあって自分の意志を持つマダム・ブラン
- 消えた少女を助けようとするクレンペラー医師
- 異形の怪物魔女マルコス
この3人をひとりが演じたことの意味は大きいと思いました。
上の記述では端的に書きましたが
3人はそれぞれに複雑な状態です。
マダム・ブランはここの長マルコスの方針に疑問を持っているし
異論も唱えている。
クレンペラー医師は患者のひとりである少女のために危険も顧みず
このバレエ団に挑む慈愛と正義感をもった人ですが
戦時下で生き別れた妻を思い今も心は寂しさと悲しみでいっぱいです。
マルコスは自分の力と権力に酔い狂ってしまった可哀そうな人でもある。
誰もがこの3人と重なる部分を持っているし
この3人がホントはひとりの人間なんだって意味、
ひとりの人間が演じていた意味こそ監督の一番のメッセージかもね。
誰もがこの3人を内包していて
でもうまく調和と調整できなくて
3人のうちのひとりに極端に似てしまう。
そんなことかもしれませんね。
自分で自分の凝り固まった頭を吹っ飛ばせるか?
最後の地下でのラストダンス(儀式)シーンを見ながら
魔女たちが黒い魔物に頭部を吹っ飛ばされる映像みながら
なんとなく思っていたこと。
自分の思い込みや凝り固まってしまった思考から
抜け出す頭部の爆破を自分で自分におこなえるか?
頭部が吹っ飛ばされるシーンは
スキャナーズのそれに近いです。
仕組みもスキャナーずの頭部の吹っ飛ばしかたと同じなのかも。
体の中の電気と水と細胞の膨張に関係しているっぽいですね。
デート映画とかではオススメできませんが
ひとり酒でも飲みながら夜中に観るには最高の1本かも。
では、また~☆