だいぶ1作目と 盲目の凄腕おじいの雰囲気が違う。
寡黙さや閉鎖的な部分は同じだけど、雰囲気が違う!
おじいの内面がチラチラと見えてくる今作になってます。
今回は、闇に次ぐ闇の応酬って感じで「この世は地獄さ」って感じです。
この地獄を幼い少女がわずかな間にギュッと凝縮し体験します(可哀そう)
映画 ドント・ブリーズ2~あらすじ
ドント・ブリーズの続き
あの最強の老人・盲目の退役軍人おじいが
なんと幼い娘と二人だけの静かな生活を郊外で送っております。
愛犬シャドーも一緒に。
何かを恐れているのか、警戒しているのか?
娘を学校にも行かせず、家で勉強と防護訓練をさせて…
幼い娘フェニックスは老人を「パパ」と呼び慕っているが
やはり学校にも行きたいし、友達も欲しいと
この閉鎖的な日常に不満と疑問を抱くように。
この一家と唯一接点をもつ親切な女性ヘルナンデスが
少女の沈んだ顔に気がつき
盲目の老人ノーマンを説得して少女を街に連れ出す。
そんな頃、巷では
闇の臓器売買に関するニュースが流れていた。
闇手術に手を染めた外科医が指名手配され、
多発する誘拐事件との関係も指摘されていた。
公園で楽しそうに遊ぶ児童施設の子供達を見つめるフェニックス。
街での時間も束の間、もう家に帰ろうとしたところで
フェニックスのことを見つめる怪しい男たちが…
この男たちが、車で後をつけてきて
フェニックスを狙いノーマンの家に侵入してきた!
集団で娘を誘拐しにやってきた犯罪軍団に
ノーマンはひとりで立ち向かう…
闇対闇の壮絶な戦いの中で少女に更なるこの世の地獄が襲いかかる。
※以下、ネタバレ有の感想・考察です
◆8割否9割闇のこの世界でどう生きるか?
もうね、この世の「闇」はでかいなと。
8対2の法則でいえば、8割側はたぶん「闇」っぽい。
そもそもが人間は「光と闇の混血」だから5割は闇の遺伝子を持っている。
その自分の中の悪・闇のざわめきと日々闘いながら
悪に屈しないで生きることそのものが修行のようなもの。
この映画がまさにそれを描いている。
貧困や戦争など「その状況に追い込まれた」ことで
悪に手を染めてしまう人は多い。
人間はよほど強い意志か、心に余裕がないと「善」を全うできないものだ。
その「よほど強い意志」の礎に「神への信仰」があるんだろうけど
目の前に広がる地獄の状況の中で「神への信仰」は「深い絶望」に変わりやすい。
11歳の少女フェニックスを取り巻く大人達は
今回みんな闇にのまれ悪事に手を染めてきた者たちばかりなのだ…
一家の良友人ヘルナンデスさえ、元軍人・特殊部隊所属であり
ノーマンの罪悪感をよく理解しているようだった。
人間の闇・心の暗黒部分、身勝手さ、エゴの強さ、愚かさなど
これでもかってほど「残酷な部分」を一晩のうちに一気に体験してしまうのです。
んで、「この8,9割闇の世の中をどう生きるか」という問いに対する
答えを三者三様に示してくれております。
自分の犯した悪を悔いる気持ちというのは
自分の中に残ったわずかな光なのかもしれません。
その光は天からの「クモの糸」に繋がるのかも。
ラストの父娘のシーンは「救いの天使」を描いた絵画みたいだった…
◆「仁義を尽くすべき人」の見分け方を犬に学ぶ
この映画の影の主役といっても過言でないのが「犬」の存在です。
賢く・強い忠犬の活躍ぶりに注目です!
素晴らしいのは「忠犬」でありながらも
きちんと「自分が従うべき人間」「自分が信頼すべき人間」を
その人の行ないを見て判断しいているところです。
”どんな状況でそんな行いをするのか”
ここをじーっと見つめ、
仁義を尽くすべき人間をきちんと判断している。
もっとシンプルにいえば
「その人の行ない」だけを見て判断している。
”窮地での行い”は特に重要です。
犬でもちゃんとわかっている、
「自分のことを粗末に扱う相手に仁義を尽くす必要なし!むしろ敵」
これやな、心にφ(..)メモメモしとこう。
裏切る人というのは、何度でも裏切るからね。
◆最後の最後に画面に現れたのは地獄の番犬か!?
映画のラストで
老人の懺悔&天使の慈悲が来て
その後…最後の最後に「あの犬」が!!
あの犬の意味は「地獄の番犬」ってことかな。
地獄の番犬に気に入られた人間ってどうなるんでしょうか?
地獄の力を身につけて復活するだろうか…
今作はとても宗教的要素強めです。
「油断すると神はすぐに奪う」という冒頭の老人の言葉が印象的。
この言葉に対し少女が「神は悪商人なの?」と問えはば
『神は公平だ』と返します。
神が奪っていったモノとは…