「独」の字を見て、どんなイメージが湧きますか?
私が尊敬する賢人・偉大な哲人「安岡正篤氏」ってこんな人
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では「独を慎む」を更に深掘りしていこう。
安岡先生の言葉に耳を傾ける。
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「君子は必ずその独を慎むなり」(『大学』)
独の意味には二つあります。一つは他に対する「孤独」の意味。
いま一つは「絶対」。『独立』とは他国の支配を受けず、その国家が「絶対者として立つ」ことです。だから「慎独」とは「孤独の自分」ではなく、「絶対的存在」の意。人が見ていようが見ていまいが、自分自身を絶対化することを「慎独」といいます。(『人物を創る』)
なるほどなぁ。
「独立」という言葉は確かに、自分の足でしっかりそびえたつ様がイメージできる。
「慎独⇒独立」した存在になるという流れは、「古事記」が示す”天の御柱”化を説いているのかもしれない。自己を天の御柱化するということは、神を柱と数えるが如く、己の神性覚醒~神格化することをいうのかもなぁ。
ちょうど、今必死に読んでいるこちらの本の内容と重なるんだよね、安岡先生の言葉。
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※この本、マジ面白い(ある閃きから縁あって買ったのですが買ってよかった1冊っす)
独を慎み、「今ここに在る自分」に目覚め 、自己と成すべきことに集中できたならば そこに在るのは「絶対的自分」なんじゃないだろうか。
とはいえ、人間ですから「人の間・社会で生きる性」なわけで…なかなか「独を慎む」になれないと思う。しかし、だからこそ「逆境がチャンス」なんですって!
逆境の中で「独を慎む」を忘れず、絶対的自己を手に入れたならもう他に自分の人生を支配も干渉もされなくなる、だから逆境は人を鍛える好機なんですって。
私の精神的支柱である「武士道」を書いた新渡戸先生も「逆境」について書かれている。
やはり、尊敬すべき人物とは追っていくと繋がっていくもんだなぁ。
それだけ真理の道や正道ってのは追っていくと最後は広く大きな1本道なんでしょうね。
(つづく)