日本の底力は「物語創造力」であり、悲劇も喜劇に変えられる転換力かもしれない。
これは、エースと呼ばれた男とスレ民が造った、
人の心を扱った「最高傑作文学」である。
これは…盲信・狂信者とそれを諭す群衆とみるか?
彼女の愛をひたすらに信じる男とそれを否定する多くの人たちとみるか?
どの視点に立つか?
「誰の言葉を信じるか?」
によって、だいぶ見える現実が変わってくる…最高傑作の文学作品ではないだろうか?
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ちょっと長いがこちらを
これは、読んでいくうちに
だんだんと通称「エース」の凄い思い込み(たぶん勘違い)っぷりに
恐怖を覚え⇒エースの精神崩壊とメイドさんの生死を心配してしまうほどに
野次馬であると落ちすがりの傍観者・私をハラハラさせてきたのだ。
どんな話かというと
- たぶんもう実質恋人関係にある「メイド」さんとの恋愛相談をはじめたイッチ
- もう5年メイド喫茶に通い、その子に500万円程投資しているという
- 「貢いでいる」のではなく「投資」(プレゼントやメイド喫茶代以外にも謎の雑費も計上されてた)
- 告白は男からするのもではないという信条のもと彼女からの告白待ちのイッチ
- スレ民(聴衆)がイッチのことを太客の通称である「エース」と呼び始める
- メイドさんを盲信するエースと、「愛じゃなく接客だ」と諭すスレ民
- エースの言葉に、自分が客に貢がせていたことを反省する元メイドさん
など、いろいろなドラマが展開している。
どの時代も「信じる心」が壮大な物語を紡いできたのかもしれない…
- 何を信じるか?
- 誰の言葉を信じるか?
これによって、見える現実はこんなにも違うのかぁ…と。
壮大な物語を見た気分になった。
「信じている間」はとても幸せなのだと思う。
夢や甘い幻想を見せてくれる嘘つきは、
やはり信じる者にとっては「天使」なのかもしれないね。
天使と悪魔は表裏一体でどっち側から見るかによるのかも。
顔も知らない大勢の他人の群れ=スレ民達の「善意」に私はどこか感動したよ。
口は悪いがいい人たち、
からかったり、ブラックツッコミもあるけど
結局はみんなエースを心配しているように見えた。
世のなかは善と悪と嘘と真実の「あざなえる縄の如し」なのだね。
つづく