そういうことか!? トートが「神」という言葉を使うとは…意外だったが
「なるほど」と思わされる内容だった。
『この地に諸種族興り、諸種族亡びん』
「この地」=ケームだったり、あなたが今いる地だったり
「この地」における智と魂の向上を最高まで達した人類種族は
「ここ」から去り、また新しい「始まり」の種族がやって来るわけです。
その時に消えるモノと残されるモノについてトートが興味深い話を
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『汝らが行きし時、他の者らが汝の住しトコロに移り来る』
その時
偉大な智恵=力もつ存在がいた…という微かな気配は残るらしい。
微かな気配ではなく、先人たちが「遺物」を残してくれているからかな?
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人々が「神」と呼ぶモノの正体について、トートはこう説いております。
古代の智>>>今の智 なわけだ。
私もそう思うよ、マジで(‘~‘)
だが、その智を何らかの形で残そうとしてくれた人(神)たちがいる。
私は縄文人とは「大自然側の存在」でこの世界の法則(神)と調和した「神人」なんだと思っている。「カム界とアマ界の境界に生きる人達」
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この本を読んで、その思いが強く湧き上がってきた。
生命・現象が創る「形」「音」「香」「味」「感触」そこにある法則にどれだけ気付けるか? 縄文人はそれを探ることなく直に触れ見て感じていたんじゃないか、と。
今の我々より遥か先に到達してたんじゃないかなぁ。
トートの話しは「神に従え」ってのと真逆で
「そこにお前も到達しろ、寧ろ超えて行け」っていうから信頼できる。
あなたが信じる神が「あなたの世界の神」ですからね~
(つづく)