ここの部分、なかなか興味深いのです。
素粒子の不変不滅性と繋がる気がするBBA私です。
実は難解な「不生不滅」
「生じず、滅せず」
⇒生じることなく、滅することもない
「不生不滅」の解釈は今もって
「これだ!」というものは見つかっておらず
- 不生不滅の存在
- 不生不滅の縁起
など「何が」不生不滅なのか専門家たちの中でも
意見が割れているらしい。
観自在菩薩以外はみんな自分の中での
理解や意味の咀嚼でしかないもんね~と割と気楽な私です。
偉い人たち(専門家・学者)でさえ
はっきりとはわかっていないなら
ここは自由に「今の自分で理解できる範囲の解釈」を。
「何が」不生不滅なのか?
ココが鍵になりますよね。
この前部分からBBAが考えた「何が」の候補
- 色(物質的なもの、目に見えるモノ)
- 空(この世の真の姿)
- 諸法(この世の全て、十二因縁・縁起)
これら3つに係っていると思われます。
もしくはこの3つ全てに係っているはず。
BBAの解釈では、こんな感じっす
⇓
私が生きて、見ている宇宙含め全ての世界の真の姿は「空」
その「空の中=空間」に在る色や諸法は不生不滅なのだ。
私が認識している世界に在るすべての存在は不生不滅
⇒常に形を変え存在し続ける
私が認識している世界に在る縁起(因縁)≒関係・法則性も不生不滅
⇒常に存在し続ける
この世のすべてのモノは変化しながら有り続ける
形も法則も変化しながら存在し続ける
そんな意味だと今の私は思っております。
この世界を創っている素粒子もその数は不変?!
以前、読書している時に
このことが書かれておりました。
なんの本だったか…思い出せないで
「この本だよ」って言えないのですが確かに書いてあった。
この世界、宇宙を構成している素粒子の数、
総数は「一定」で不変なんですって!
素粒子が集まって創る形は変化し続けているってことなの。
“この世界は変化するエネルギー“ともいえるし
ここまでの教えを基にすれば“この世は変化する幻想世界”
変化するエネルギーを観測者がどう認識するか?
般若心経、哲学もやはり量子学を通じ科学につながるね。
だから無から突如発生し、
また突如消滅するってことはないんだよって
観自在菩薩が言ってた!
こんな感じの解読が今のBBAの限界っす。
では、また~☆