この教えは、なんと「菜根譚」と「上達の法則」の両方で指摘されているのです!
そのためすごく印象に残っている。
「真の個性とは奇抜さや目立つことと真逆にある」という話。
「上級者はクセが少ない」と書かれている。
また「個性≠クセ」であり、
クセとは「マイナスの要因になる個人差のこと」と定義している。
この本の著者である岡本氏が
将棋の個性を心理学的に研究しようとした時に
大山康晴十五世名人が語ってくれた「棋風観」がすごいのだ!
※棋風=将棋の個性(さし方の個性)
「棋風、棋風と言われるし、
私なんかもウケの棋風などといわれるけれど、
私たちプロは自分の棋風を消そうと思って努力しているものなのです。
私にしても中原さんにしてもそうなんですが、
調子のいい時というのは棋風なんか出ないものなのです。
調子が悪くなってくると棋風が出ている。
だから棋風というのはクセで、その人の欠点につながるものです」
著者の岡本氏も名人の言葉に「はっ」としたようですが
私もとても驚きました。
更に今度はこちら「菜根譚」の「102:最高の人格」の項を紹介します。
最高に完成された文章は、
少しも奇をてらったところがない。
ただ言わんとすることを過不足なく表現しているだけだ。
最高に完成された人格は、少しも変ったところがない。
ただありのままに生きているだけだ。
[決定版]菜根譚より
わかりやすく奇抜で目立つものが個性ではなく
目だった部分やすぐにわかるところではなく、
「なんだか心の奥を震わせる」ような
そういった違いが本物や上級者や完成されたものにはあるんでしょうね。
独特な特徴や技法が個性につながるという意識がどこかにあったんですよね。
これは気をつけないと
自分では「自分の個性」のつもりでも
単なる悪クセや悪目立ちという場合も多そうですな。
φ(..)メモメモ
そういったことも含めて
菜根譚の中で洪自誠は「早熟は晩成に及ばない」と言っています。
「桃やスモモはキレイな花を咲かせるが、
松や柏の常緑の見事さには及ばない」
んですって。
この言葉に込められている深い意味の解釈は読んだ方それそれで楽しんでください。
個性を出そうとして奇をてらった策にでたり
悪目立ちの奇抜さにいかないように気をつけねば!
ついつい「人と違うところや表現」目指しがちになっちゃうもんね。
φ(..)メモメモ
では、また~☆