プロ独女のライフハックブログ

BBA独女みつまるが「今」気になることを追いかけ綴る人生冒険日記

【BBAの心に平安を】日常生活は禅修行~般若心経⑯無眼耳鼻舌身意とは?

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一気に進むべきですが

無知なBBA故に、細かく分けて意味を読み解いていきます。

本日は「無眼耳鼻舌身意」の部分。

 

 

 

眼耳鼻舌身意とは「感覚器官」のこと

「無・眼耳鼻舌身意」

この部分、非常に馴染み深い漢字が並んでいますよね(^^)

「眼耳鼻舌身意も無い」って書いてあります。

眼耳鼻舌身意はそのまま人間の感覚器官をさしていますよね!

  1. 眼=視覚
  2. 耳=聴覚
  3. 鼻=臭覚
  4. 舌=味覚
  5. 身=触覚
  6. 意=知覚

目・耳・鼻・口・意識(+第六感)と言ったほうがわかりやすいかな?

でも、実は「無・眼耳鼻舌身意」が示すのは

更にもう一歩踏み込だものなのです。

 

無・眼耳鼻舌身意が指す「六根」

「無眼耳鼻舌身意」が指す「眼耳鼻舌身意」は

感覚器官を通して「私が感じている世界」を指すようなのです!

 

  • 目で見て認識する世界(眼識界)
  • 耳で聴いて認識する世界(耳識界)
  • 鼻で嗅いで認識する世界(鼻識界)
  • 舌で味わい認識する世界(舌識界)
  • 身で触れて認識する世界(身識界)
  • 意識が認識する世界(意識界)

 

六根は「眼耳鼻舌身意」という感覚器官を通して

私の外側の対象が私の中に投影され生まれる「世界」をさしている。

 

続く「無色声香味触法」と呼応して

「六根・六境・六識」をさしており

それらが実は全て「実体はない」といっているようです。

 

まとめ:「無眼耳鼻舌身意」とは

私が眼・耳・鼻・舌・身・意という感覚を通して

認識している世界は

実は自分の外にある「対象」を感覚を通して

私の中に取り込み、投影した

「私の中にできた世界」であって

そこには「真の実体」は無い。

 

絶対的不変の真実、実体は無いってことらしい。

私は「私の感覚を通して、世界をみること しかができない」

ってことかぁ…確かに。

 

「ありのままの真実の姿」と私が思う時

それは既に無で空ってこと??

 

「ありのままに見る」ってできるの?

でも観自在菩薩はその域に達したというのだから

このまま般若心経の解読を続けよう。

 

「見えた!」と思うと

又すぐに大きな闇にのまれてしまう難解だぜ…

つづく。

 

 

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